
80年代を飾る最後の小室作品となった今作。当時小室哲哉はTM NETWORKの一員として活動中。前年の冬からこの年の夏にかけて行われた一連の「CAROLプロジェクト」が終了し、TMの活動は約1年間停止となっていました。その間、メンバーの宇都宮隆はアクターとして、木根尚登はライターやラジオDJとして、直接的には音楽とは関わらない活動を行っていたのに対し、小室が選択したのは「ソロシンガーとしての活動」。以前にもアニメ作品の劇伴や劇場映画のサントラCDを手がけていたこともある彼ですが、「メインでソロを取って大々的に歌う」という行為はマーケティング上では初めてだったのではないでしょうか。そしてこのアルバムは、この年の10月から始まった小室ソロ・プロジェクトの集大成としてリリースされた作品です。
もともとサウンドプロデュース面ではTM NETWORKのデビュー当時から指揮を取っていた小室先生なだけあり、このアルバムの音楽性もあくまでTMの延長上。特に1989年にリリースされたTMのリプロダクションアルバム「DRESS」、そしてシングル「DIVE INTO YOUR BODY」のユーロビート路線を突き詰めた内容になっていると思います。あえて違いを探すならば、当時最新鋭の録音機器・シンクラヴィア(いわゆるハードディスクレコーダーみたいなもの?)を駆使し、リズム隊やキーボードパートは完全な打ち込み、ギター(ちなみにB'zの松本孝弘も数曲参加)やサックスといった生楽器も一度シンクラヴィアに取り込んでから再編集している(らしい)など、デジタル面での挑戦が多い、という点でしょうか。ちなみに各曲のメロディーもおなじみの王道小室節が満載なわけですが、中盤に収められたアジアンテイストの「NEVER CRY FOR ME」や、インストの「WINTER DANCE」の曲調からは、小室哲哉の別の引き出しを見ることができるかも。
むしろ、TMとの差異を述べるならば、歌詞の面でそれが顕著な気がします。TMのメインライターである小室みつ子が手がけた「RUNNING TO HORIZON」や「OPERA NIGHT」(この曲ってtrfの「masquarade」の元ネタ?)は、TMのシリアスな作風や、架空的なテイストを汲んだ歌詞になっていると思うのですが、その他の小室哲哉作詞の作品で見受けられる、例えば「GRAVITY OF LOVE」では「港見下ろすサタデーパーク」「レタス入りのハンバーガー/カーラジオからジャクソン・ブラウン」といった、具体的な情景・状況描写や、「SHOUT」の冒頭での服のブランド名連発、「オフィス街」や「Bedの上」など、かなり身近な恋愛テーマを克明に描いている「HURRAY FOR WORKING LOVERS」、ピュアなクリスマスソングの「CHIRISTMAS CHORUS」などなど、SFやファンタジーが根幹にあった当時のTMではほとんど見られないような歌詞には驚かされるばかり。TMの持ち味である「テーマやコンセプト」に縛られず、自由に製作した結果がこうなったのかもしれませんが、そういった意味では、完全に「TM NETWORK」と「小室哲哉ソロ」とは明確な線引きが出来ているな、と思いました。
そしてやはり触れなければならないのは、小室氏の超独特のあのヴォーカル(汗)。TMN終了以降もその歌声をしばしば披露している小室先生ですが、か細いハイトーンの性質かつ、「ぅ〜ねぇ〜むぅ〜れないごぅぜんにぃじぃ〜♪」に代表される独特のアクセントをつけて繰り出されるあの歌声は、やはり何というか・・・アルバム一枚まるまる聴かされると壮絶としか言いようがありません^^;。無機質な歌声はまさに「Digitalian」と呼ぶべきでしょうか(←フォローのつもりか)。まあこれはこれで妙な味わいがあるとは思うのですが。後年にはラップまで披露するようになったTKの歌心の原点がここにあるのかも・・・?
「同じアプローチは二度とやらない」というTM NETWORKに倣ったのか、この後の小室先生は提供曲のセルフカヴァーアルバム「HIT FACTORY」(←こっちの方が歌が上達している^^;)と言う例外はあるものの、完全な新曲で構成された歌入りのオリジナルアルバムは現時点ではこの作品のみ。結果的に、今回のソロ・プロジェクトはTMNとしての活動にはほとんど反映されなかったという点では、その後に繋がる活動だったとは言い難いのですが、ヒットのセオリーに縛られずに伸び伸びと造った作品集、といった趣が強い今作は、globeでもTKでもない、そしてTMでもない、一個人の「小室哲哉」の個人的側面を垣間見ることができる作品だと思います。怖いもの見たさ(失礼!)に皆さんも一度聴いてみませんか?
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