
今世紀に入ってからは、「涙そうそう」や「島人ぬ宝」のヒットや、「一五一会」シリーズなどで、すっかり存在もお茶の間に知られ、音楽界でも独自のポジションを持つに至ったBEGINの三人ですが、このアルバムが出た時点ですでにデビューから9年が経過。この頃はデビュー曲の「恋しくて」と、1996年にスマッシュヒットした「声のおまもりください」の2曲ぐらいしか、いわゆる代表曲というものが存在せず、正直この頃のBEGINの知名度はアルバムを出してもヒットチャートに名前が載らないほどの、知る人ぞ知る程度のものだったと思います。ですが、デビューからの地道な音楽活動の経験の積み重ねによって、彼らが徐々に成長し、セルフプロデュース活動を始めるなど、一歩ずつではありますが、音楽的なクオリティを高めていったことは間違いなく、それは歴代のオリジナルアルバムをリリース順に聴くことによって実感できると思うのですが、この「Tokyo Ocean」も、そんな彼らの成長の足跡や進化をしっかりと確認できる作品となっています。
このアルバムのコンセプトは「東京」。沖縄から上京して10年以上経ち、自分達の街として住み慣れた都会での生活をテーマに書き下ろしたアルバムだそうです。都会の渦を海に喩えて歌う、このアルバムを体現しているタイトル曲「東京Ocean」をはじめ、仕事で多忙な生活がリアルに刻まれている「家へ帰ろう」、シチュエーションはそれぞれ違えど、夢を抱いて上京してきた登場人物の葛藤や迷いが描かれる「Little Blue Fish」「防波堤で見た景色」、逆に東京から故郷に思いを馳せている(と思われる)「いっとうはやく」など、大上段から「東京」を描くのではなく、ささいな心象風景や生活に密着した作風になっていて、このアルバム発売時、彼らと同じく東京で生活していた筆者はいろんな意味で共感しまくっていたことが思い出されます。まあ上京といっても自分の場合は隣の県から来たわけで、故郷にはいつでも帰れる距離だったんですけどね^^;
また、この時期に彼らが目指していた「三人ですべての音を演奏をする」というこだわりがアルバム全編にわたって徹底されている点にも注目。例外的に朝本浩文をプロデュースに招いたシングル「未来の君へ」以外は、ほぼすべて演奏・プログラミング・サンプリングまで彼らが手がけているのが特徴です。島袋優によるアコギの演奏と、上地等のピアノを軸に置いたサウンドに打ち込みのリズムセクションが彩りを添える、というシンプルなアレンジが基本なのですが、ちゃんと主張するところは出て、引っ込むところは控えめになる、その辺のメリハリがきちっとしていて、決してチープな作りにはなっていません。アレンジの性質上、生音で派手にドーンという曲はありませんが、演奏がシンプルな分、歌や詞が耳にストレートに飛び込んでくるという効果があり、そこまで計算して作ったかどうかは分かりませんが、ハスキーで物憂げな比嘉栄昇のヴォーカルと、島袋・上地両氏の演奏が見事な化学変化を起こし、決して派手さはないものの、深く心に沁みてくる作品に仕上がっています。
この「Tokyo Ocean」の次回作「BEGIN」で、プログラミングも一切なしの形態で録音したオリジナルアルバムの製作をもって、「三人で出す音=BEGINの音楽」というコンセプトは終了。前後して始まった「オモトタケオ」(オリジナル島唄)シリーズや、リズム隊をレコーディングに招いてのアルバム製作、そして「BEGINの一五一会」企画など、その後のBEGINはジャンルや形態にとらわれず、手広く活動を続けているのは周知の通り。彼らにとっては、本作がリリースされた1998年の時点ではブレイク前夜どころか、前々夜(?)ぐらいにあたるわけで、迷路の真っ只中でもがいていた時期でもあるらしく、最近発売されたライブアルバムでも、当時について少々後ろ向きの発言をされていてちょっとショックだったりしたのですが(苦笑)、この苦難の時代に、完成度の高い本作が産み出されたからこそ、前述の「三人だけの音」へのこだわりが完結し、自由度を求めた2000年代の飛躍へ繋がるきっかけが作られたのではないかと思いたいです。まあ、小難しいことは抜きにして、ライブで定番となった「愛が走る」(ライブじゃアレンジ違うけど)や、大阪で火がついたという名バラード「防波堤で見た景色」をはじめ、このアルバムでしか聴けない「陽気な迷子達」や「埋め立て地」など、地味ながら味のある曲達が揃っているアルバムなので、オリジナル島唄以前のBEGINを知らない人たちにもぜひ耳にしてもらいたい作品ですし、筆者は発売から10年経った今からでも、定価で買って損はさせません!と言い切れる(どんな自信だ)ほど、大好きなアルバムのひとつです。
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