hayabusa 早いもので「今週の1枚」も15回目。今回は2000年7月26日発売のスピッツの9枚目のオリジナルアルバム「ハヤブサ」をご紹介いたします。

 このアルバムが発売される年の前年の暮れ、メンバー非公認のベストアルバム「RECYCLE」のリリースを巡ってちょっとした騒ぎになったのを記憶している方も多いはず。筆者はスピッツに関しては今も昔もライトなファン(アルバムが出れば借りてさらっと聴く程度)なのですが、2000年の彼らの活動には前年の騒動もあり、いやがおうにも注目していました。
 この年はまず4月にシングル「ホタル」をリリース。曲調は王道ながら、ここまでリズム隊が力強いサウンドを構築しているシングルって少なくとも「ロビンソン」でのブレイク後はなかったんで、「ちょっと変わったかな?」と漠然と思った記憶が。続く「メモリーズ/放浪カモメはどこまでも」での変貌ぶりに腰を抜かし(苦笑)、そしてこれらの楽曲を収めたアルバムがこの「ハヤブサ」。これが想像以上に弾けていてこれまたビックリ、そして魅力的な一枚になっていたわけです。

 このアルバムは、スピッツと石田小吉の共同プロデュース。笹路正徳とのプロデュース時代、そして棚谷祐一との「フェイクファー」でも感じていたスピッツの「浮遊感があってフワフワとした、滅菌処理されたポップなバンド感」(あくまでイメージ)がほぼ陰を潜め、やたらに攻撃的に響くギター、走るベースライン、そして手数の多いドラムパターンと、ライトなリスナーにとっては「これホントに「ハチミツ」とか「インディゴ地平線」のスピッツ?!」と、1曲目の「今」から驚くこと間違いなし。これらのバンドサウンドに加えて、「いろは」みたいに打ち込みを駆使した曲もあり、ほぼSEのインストナンバー「宇宙虫」をアルバムの中心に配置してみたり。キーボードを使用している曲も、ピアノやオルガンといった生楽器ではなく、シンセパッドや電子音が中心になっていて、今までの曲とかなり異なる印象。「メモリーズ・カスタム」はシングル曲の「メモリーズ」にCメロが加わって、アレンジも更にサイケデリックにぶっ飛んでおります(笑)。比較的従来のスピッツ像的な「甘い手」「HOLIDAY」といった曲もありますが、前者はやたらに映画からの台詞を長々と引用してみたり、後者は油断しているとラウドなギターが耳に飛び込んできたりと、とにかく予断を許さない実験の塊。個人的には疾走感あふれる「8823」と、ラストを爽やかに締めくくる「アカネ」がこのアルバムのオススメトラックかな。
 メジャーデビューから10年近い(当時)彼らのようなベテランバンドが、安定路線に走らずに、冒険心と野心をふんだんに見せつけた一枚ですが、こんな感じに好き放題やっていながらも、草野マサムネの独特の詞の世界観(あまりに深すぎて理解できないところが多々ありますが・笑)とヴォーカルの力で、誰が聴いても「スピッツの音楽」になっているところがポイント。彼の声はたとえサウンドがオルタナ系に走っても、ギターと胡弓だけの演奏(「ジュテーム?」)でも変わることなく、存在感を示すところはさすがと言うべきでしょうか。

 筆者のようにライトな聴き手にとっては「スピッツが変わった!しかも面白い方向に!」という驚きよりも斬新さの方が勝って好印象だったのですが、「RECYCLE」で初めてスピッツを知って、直後のオリジナルということでこのアルバムをまず手に取ってみるのはちょっと危険かもしれません(笑)。まあ2006年に公認のシングルコレクション「CYCLE HIT」の発売に伴い「RECYCLE」は廃盤になったので、当時はともかく現在はその心配はないとは思いますが、スピッツのアルバムの中でも異色な作品なので、入門編としては向かないな、というのが正直なところ。
 ですが、この後のスピッツの作品を聴きかじってみる限り、この「ハヤブサ」ほどにアクセル踏み込みまくりのアルバムはないものの、「ハヤブサ」で培ったものをエキスとして、以後の曲たちに注入しているような気もします。そういう意味では、スピッツの歴史の中では、現在の彼らの音楽性を構築する過渡期的な作品という位置付けになるのかもしれませんが、単なる実験作ではなく、一枚のアルバムとしての完成度も高いと思うので、いまだに「スピッツのオリジナルアルバムで一番の作品を挙げよ」と言われれば、筆者はこのアルバムを推してしまう所存なのであります。