
2018年夏より表立った音楽活動を再開する傍ら、ラーメン屋の店主として厨房にも立ち続けるという二足の草鞋的な活動を続けてきた東野純直でしたが、ラーメン屋稼業は2023年の5月初頭をもって終了(公式通販での期間限定販売は継続)し、従来の音楽活動をメインに戻してから初のリリースとなる本作は、アルバムとしては前作より5年4ヶ月振りとなる新作。内容は前作では収録されなかったシングル「明日のシルシ」及び、前作後に発売されたシングル「明日のカタチ」をアルバムバージョン(Album.re-mix version)で収録、また1995年の3rdアルバム収録曲「ふたり」、1996年の4thアルバム収録曲「アイツ」を完全新録(2024 Special recording.version)でセルフカバーしており、全10曲中まっさらな新曲は6曲。なお、活動再開後はキングレコード傘下のStar Radio Recordsよりのリリースが続いていましたが、本作はChest music worksという、東野の個人事務所(多分)からのリリースで、ブックレットのクレジットによるとCDの流通はタワーレコードが行っており、この数年の間で色々と体制に変化があった模様。
前作はデビュー25周年記念のアルバムということもあってか、爽やかなポップスのみならずロックテイストのバンドサウンドやピアノ弾き語り等、これまで東野が時代ごとに紡いできた音楽性を一通り揃えた、ここまでの総集編的な内容だったと思うのですが、本作の新曲群は冒頭の「キセキ∞」を筆頭に、デビュー初期から3年間在籍したテイチク時代を彷彿とさせる、ポップミュージックの王道を行く楽曲が多め。とはいえ30年前のキラキラした作風と全く同じというわけではもちろんなく、年齢を重ねてハスキー気味になった歌声や、翳りを感じさせながらもキャッチーさを損なわないメロディー、穏やかな中にも芯を感じる内容のラブソングなど、一周回って地に足を着け辿りついた原点回帰といった印象。
サウンド面ではギタリストが二名参加し、ベースは東野本人やアレンジャーが演奏(初期の編曲を担当しており、今回も数曲参加した安部潤がキーボードのみならずベースも弾いていたり)するなど、打ち込みのドラム以外は結構人員を割いて録音されているので、人力による生のバンド感は前作よりも強め。また、「TOKYO AIR」では生の二管をフィーチャーするなど、シティポップの雰囲気を醸し出したりと、昨今の流行も取り込みながら、「君とピアノと」や「君は僕の勇気」といった「世間一般的に言うところの東野純直像」を現代に蘇らせたというアルバムになっているかなと思います。
2曲のセルフカバー「ふたり」「アイツ」に関しては、既に一度全面的なリアレンジでのセルフカバーを行った経歴(1997年)があり、どちらも2度目のセルフカバー。原曲よりキーは下げているものの、包容力のあるバラードである前者、刹那的なアップテンポナンバーである後者というオリジナルのイメージを基本的に損なわないリビルドバージョンといった趣。両曲共にファン人気の高いアルバム曲だと思われ、筆者もこの2曲は大好きなのですが、どちらも好印象の仕上がりでした。ただ、思い出補正というのもあるのかもしれませんが、この2曲の煌めきと比較すると他の曲がちょっと霞むなぁ…ということは正直思いましたが…。
なおアルバムの内容とは直接関係ありませんが、着色されたピアノの鍵盤のみが大きく映ったアルバムジャケットは今までの東野作品の中で個人的に1、2を争う好ジャケットかも。自主レーベルということもあるのかプロモーションがほぼ行われていないに等しく(収録曲のタイトルが不明のまま発売日を迎えたのは本作が初)、物価高の煽りを受けてか定価も3,850円(税込)とお高めになってしまったことは残念でしたが、ファンにとっては待望の1枚でしたし、期待を裏切らない内容になっていました。
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