10月末にzetimaから発売されたばかりのオフィシャル公認ベストアルバム「IDEAS �� 〜the very best of KAN〜」に続き、KANの命日である11月12日にユニバーサルミュージックより更なるベストアルバム「KAN A面 Collection」が発売。生涯リリースしてきたシングル全35枚の表題曲（両A面曲は除く）を一挙に網羅した記念すべきベスト…なのですが、オフィシャルサイトでは販売告知されておらず、どうやら非公認ベストの模様（ついでにジャケットが驚くほどにシンプル）。とはいえレコード会社数社の壁を越えたコンプリート盤という存在価値は大いにある（と思う）本作の発売を記念して、「CD Review Extra」にて全3回にわたり本作収録曲を1曲ずつレビュー。第1回目はDISC 1、1987年のデビューシングル「テレビの中に」から、1992年リリースの「言えずのI LOVE YOU」までの全12曲をご紹介いたします。「KAN A面 Collection」全曲レビュー DISC 1編
※特記のない限り、作詞・作曲：KAN。
１．テレビの中に
1987年4月25日発売、デビューシングル。
デビューアルバム「テレビの中に」と同日発売。このアルバムは全編曲をKANが単独で手掛けており、この曲も同様。いきなりパワフルなドラムから始まりKANのシャウトが炸裂するロックなナンバーで、ピアノを弾きながら歌うという彼のパブリックイメージからすると結構異色なデビュー曲。テレビの中で微笑む「君」に恋焦がれ、自分ももうじきテレビの中（＝芸能界）に行くよ、という野心を歌っている。なお、この「君」とは当時人気アイドルとして活躍していた小泉今日子だとKAN本人が明言。
デビュー曲ながら完成度には満足していたらしく、1992年の「めずらしい人生」、1997年の「The Best Singles FIRST DECADE」と本人公認ベストにも2作連続で選曲されている。ライブでも節目節目に披露されていたが、その際はなぜか1コーラスの平メロ後半（「理屈に頭を〜」以降）が飛ばされたままサビに突入して演奏されることが多い。
２．BRACKET
1987年10月25日発売、2ndシングル。
2ndアルバム「NO-NO-YESMAN」と同時発売。シングル・アルバム同発は次作まで続くが、本作はジャケットまでほぼ一緒（タイトルが異なるぐらい）という流用デザインだった。編曲は当時駆け出しの若手アレンジャーだった松本晃彦と共同名義。またKANの全シングルの中でこの曲のみ作詞を第三者（KANの高校時代の同級生である長島理生）が手掛けている。長島とは東京でアマチュアバンドを組んでいた時期もあった模様。その縁か初期のアルバムで数作作詞を担当していた。
お洒落なジャズ風サウンドに乗って、夏に終わった恋を回想する…といった内容だと思われるのだが、婉曲的な歌詞の表現が多くおおよそKANらしくないフレーズの羅列、といった印象。タイトルの「BRACKET」はサビでは登場せず2コーラス目のAメロという凄く地味な位置に1回きりの登場。照明器具のブラケットライトのことだと思うが、なぜこのタイトルを冠したのか結構謎。100カラット級に眩しかった君を失ったことを壊れたブラケットライトに重ねている…という解釈で良いのだろうか。
前述の通り本人は作詞していないが、ライブでは封印されることなくたまに演奏されていた。個人的には初期作の中ではかなり好きな1曲。
３．だいじょうぶI'M ALL RIGHT
1988年6月25日発売、3rdシングル。3rdアルバム「GIRL TO LOVE」と同時発売。
今回も松本晃彦との共同編曲で、8ビート連打のピアノが印象的な時代に左右されない生音メインのバンドサウンド。意中の相手に告白したが振られてしまい、それでも相手を気遣いつつ、もっと魅力をつけてもう一度出直すよ、とめげない決意を綴った主人公が健気（というか諦めが悪いというか…）。この辺りからユニークな歌詞を自ら書き始めることになるのだが、この曲の主人公像はまさにKAN王道といった感じである。「テレビの中に」同様、公認ベストに2作連続で収録されるなどこの時期の作品としては扱いは良い。
なお、本作よりEPの他に8cmCDもリリースされるようになる。EPのリリースは次作が最後。
４．Over You
1988年10月25日発売、4thシングル。初の単独発売シングル。
前後のナイーブな青年が登場する作風からすると異色な、「君に肉体関係を迫ったが失敗した翌朝のレストラン（ファミレス？）で君をなだめる」という物凄いシチュエーションが舞台の楽曲。編曲は過去作のレコーディングでも参加していたギタリスト・林部直樹との共同名義だが、タッカタッカと妙に浮ついた打ち込みのミディアム作品になっており、このサウンドデザインもまた異色。
次作のアルバムでもスルーされ、公認ベストでも選曲されなかった結果、長年アルバム未収録のレアシングルと化しており、アルバム収録されたのは2004年の非公認ベスト「ゴールデン☆ベスト」が初。後に2010年のオリジナルアルバム未収録集「Songs Out of Bounds」にカップリングの「Never Leave」共々収録され、公認アルバムでも陽の目を見た。
５．東京ライフ
1989年5月1日発売、5thシングル。
東京生活での迷いや葛藤を、曜日ごとに一週間の出来事としてモノローグ的に綴る叙情的な楽曲。大学進学時に地元福岡から上京しプロのミュージシャンになり、しかしここまで鳴かず飛ばずの日々…という擦り減らした精神の中で過ごす彼にとっての「東京」とはこんな風景だったのか、と窺い知らされるシリアスな作品である。元々はカップリング曲である「君から目がはなせない」が表題曲になる予定だったらしいが、選曲会議でひっくり返った、という話が著書「ぼけつバリほり」にて語られている。
無機質なエレピとハイハットのチキチキした音ぐらいしか出てこないシンプルな編曲は久々にKANが単独で手掛けたもの。1992年には「こっぱみじかい恋」のカップリングとしてピアノ弾き語りのキー下げバージョンで新録（「めずらしい人生」にも収録）。「愛は勝つ」のブレイク後の多忙な日々で相当疲弊した感がありありの枯れたボーカルが味わい深い。筆者が好きなのはこちらのバージョンだったりする。
６．REGRETS
1989年9月1日発売、6thシングル。
同年6月の4thアルバム「HAPPY TITLE -幸福選手権-」からのシングルカット。ジャケットは「BRACKET」以来のアルバムジャケット画像を流用。編曲は奈良部匠平が単独で担当している。
サビで別れを告げた彼女への後悔を歌い、その彼女との過去の出来事が平メロで1行ずつ表記される。具体的に何をどうしてどう別れたのかは一切語られず、聴き手に想像を委ねる体裁となっており、作詞家としての成長を感じさせる歌詞の作り方だと思う。ひたすら後悔し続ける主人公がただただ悲しく、終盤で流れるサビのメロディーをなぞったストリングスも泣ける名曲。
公認ベストには「めずらしい人生」に収録。1998年のシングル「サンクト・ペテルブルグ 〜ダジャレ男の悲しきひとり旅〜」のカップリングにライブ音源が収められた。
７．健全 安全 好青年
1990年5月25日発売、7thシングル。
本作より長らくタッグを組むことになるアレンジャー・小林信吾との編曲体制がスタート（以降は編曲：小林信吾・KANが基本）。これにより如何にも80年代的なシンセサウンドから生音を軸にしたサウンドへと変遷していくのだが、この曲ではまだ前作までのシンセ主体の雰囲気を色濃く残している過渡期的なアレンジ。
思いを寄せる「君」を車で食事に連れ出したりしながらも、次の一歩に進めない「ドクもアクもスリルもない男」が主人公。コミカルながら自虐めいた歌詞がミスマッチで明るい曲調なのに哀愁が漂う。なお、各サビの最後でちょっと長めのセリフをKANが早口で喋るのだが、真似しようとすると結構難易度が高い。それ故か、ライブ映像作品ではセリフを発しないステージのものもある。
以前にも書いたが筆者がKANを初めて知ったのはFMラジオで流れていたこの曲を聴いた時であった。KANとの出会いの1曲ということで個人的には思い出深い楽曲。
８．愛は勝つ
1990年9月1日発売、8thシングル。
同年7月の5thアルバム「野球選手が夢だった。」からのシングルカット。FM局でのヘビーローテーション等を経て、フジテレビの人気バラエティ「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」の挿入歌として起用され、ヒットチャートを急上昇し、年末にオリコン1位を獲得。翌年にかけて8週連続で首位を走るなど春頃まで売れ続けてミリオンセラーを達成し、1991年末の年末特番効果で更にセールスを伸ばして最終的には200万枚超えの特大ヒットソングとなった。
タイトル通りの恋愛応援歌で歌詞もストレート。主人公が色々葛藤することの多いKANの作品の中では超異色の言い切り型のメッセージが大ヒットの理由でもあるのだろうが、「KAN＝愛は勝つのような応援ソングをメインに歌っているアーティスト」というパブリックイメージが現在でも完全に根付いてしまったのは宿命か。もっとも筆者もこのストレートさに惹かれて初めて購入したKANのCDはこの作品だった。その後の彼の苦悩を考えると、大いなるヒット故の足枷とも思えたが、純粋に良い曲だと思うし、今後もKANを語る際には必須の楽曲であることは間違いない。
ベスト盤には当然ながら皆勤。他アーティストによるカバーも多数制作されたが、KAN本人のセルフカバー音源は2017年の「la RINASCENTE」に収録された弦楽四重奏バージョンのみ。初ベスト（「めずらしい人生」）発売の際によりハードなテイストで再録したテイクもあるそうなのだが、現時点ではお蔵入りのままになっている。
ライブでは90年代後半になると披露されなくなることもあったようだが、少なくともフランスから帰国後の各バンドライブツアーには皆勤。余談だがCDジャケットには当初「やまかつ」のタイアップが印刷されておらず、年明け後になってタイアップが印刷されたものに切り替わっていた。また2022年2月には限定生産でアナログ盤も発売。
９．イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ
1991年4月25日発売、9thシングル。「ときどき雲と話をしよう」と両A面。
TBS系ドラマ「熱血！新入社員宣言」主題歌として書き下ろされた。力強いバンドサウンドに乗せてここからの歴史を（君と二人で）描こうというストレートでポジティブな歌詞は「愛は勝つ」直系といったところ。ただ本人は「愛は勝つ」の次に出るシングルというプレッシャーに勝てなかったと、翌年の著書「ぼけつバリほり」で語っているなど明確な失敗作という意識があるらしく、以降はライブでも演奏されず、公認ベストにも収録されず、歌詞集にも掲載されない不遇な扱い（セールス的には約15万枚ながら「愛は勝つ」「まゆみ」に次ぐ売り上げ）。当時中学生の筆者としてはリリース前からラジオで聴いて期待を膨らませ、少ない小遣いをやり繰りして発売日当日に購入して聴きまくるなどした結構思い入れのあった曲なので、この扱いは不憫だな…と思う。
なおドラマにはKANも脇役で出演。新人銀行マンである主人公（植草克秀）達の独身社員寮に住む別の支店の従業員役で、ゲームプログラマーの道を目指して途中で退職する役柄だった。劇中のトボけた演技には味わいがあったが、本人的には納得行かない仕事だったことが「ぼけつ〜」で遠回しに語られていた。そういった経緯も含めて彼の中では不本意な思い出の曲になってしまったのかもしれない。ヒット曲ということもあり、非公認ベストには黙殺されず毎回収録されているのが救い（？）か。
10．プロポーズ
1991年7月11日発売、10thシングル。
同年5月発売の6thアルバム「ゆっくり風呂につかりたい」からのシングルカット。新曲である「恋する気持ち」との両A面だった。「やまかつ」の挿入歌（ショートドラマで使用されていた記憶）というタイアップの効果か、売上的にはリカットにも関わらず「イン・ザ・ネイム〜」とほぼ同様の数字を残している。
大きな公園のある「ぼくの街」に君を誘ってベンチに腰掛け、アルトサックスを吹いて二人きりになったら「思い切ってぼくのとこにおいで」と最後の最後で切り出すタイトル通りのプロポーズソング…なのだが、主人公の願望要素が満載で実際の出来事なのかどうかは語られていないところがミソ（？）。
アレンジはソウル系の完全なる打ち込みで、オケ自体は最初から最後まで淡々と進行し盛り上がらない。その一方でKANのボーカルはラストに向かって段々と熱を帯びてくるので、アレンジに頼らないボーカリストとしての彼の表現力を純粋に味わえる作品。公認ベストには「The Best Singles FIRST DECADE」に収録。2007年の「IDEAS 〜the very best of KAN〜」には生演奏での新録バージョンが収められた。
11．こっぱみじかい恋
1992年1月29日発売、11thシングル。
映画「夜逃げ屋本舗」主題歌に起用されたが歌詞は特に映画の内容とは関係なく、季節の変わり目も見ないままあっという間に別れを告げられてしまった主人公の嘆き節。お互いに秘密も過去も明かさないままフラれた…ということで納得が行かない様子を1曲かけてつらつらと綴っている。別れの理由も理解しておらず腑に落ちないという感じだが、これはオチ的なラストの一行「言わなかったけど君を愛してた」が原因なのでは…（苦笑）。レトロなオルガン、生のブラスやストリングスがメロディーの裏でカウンター的に終始入ってくるバンドサウンドなど、アレンジ的には聴きどころが多い。
翌月末発売の初のベスト「めずらしい人生」に収録され、オリジナルアルバムには未収録。2010年のオリジナルアルバム未収録集「Songs Out of Bounds」にも選曲されている。
12．言えずのI LOVE YOU
1992年3月25日発売、12thシングル。
元々は1988年の3rdアルバム「GIRL TO LOVE」収録曲で、編曲はKANと松本晃彦の共同名義。1992年2月の初のベスト「めずらしい人生」に選曲され、約一ヶ月後にシングルカットされた。その際に小林信吾による生のストリングスアレンジが追加され、微妙にミックス変更もされた新たなバージョンが誕生。故にストリングス入りのもの（イントロで鳴るのですぐに判別可能）がシングルバージョンなのだが、本ベストでは1988年のオリジナルバージョンが収録されている。「A面 Collection」なのにこれはやらかしでは
＊2024.12/6追記：誤収録判明につきメーカーによる無償交換がアナウンスされました（2025年2月末まで）。
デビュー前から存在した曲と語られ、当時から人気曲としてファンには認知されていたらしく
満を持してのシングルカット。タイトル通り、君に好きだと言えないピュアで奥手な主人公が「あのね、うんとね」を繰り返す、爽やかな曲調ながらもどかしいナンバーである。リカットながら「こっぱみじかい恋」よりもセールスは若干上回り、現在でもKANの曲の中では知名度の高い曲となっていると思う。ただその若々しい作風故に後年のライブではあまり演奏される機会が多くなかった模様。それでも代表曲ということで、ベストには公認・非公認を問わず「愛は勝つ」と並んで皆勤。公認ベストでは「めずらしい人生」にオリジナルが、「The Best Singles FIRST DECADE」以降はシングルバージョンが収録されている。
（以下、後日更新予定のDISC 2編へ続きます）
※特記のない限り、作詞・作曲：KAN。
１．テレビの中に
1987年4月25日発売、デビューシングル。
デビューアルバム「テレビの中に」と同日発売。このアルバムは全編曲をKANが単独で手掛けており、この曲も同様。いきなりパワフルなドラムから始まりKANのシャウトが炸裂するロックなナンバーで、ピアノを弾きながら歌うという彼のパブリックイメージからすると結構異色なデビュー曲。テレビの中で微笑む「君」に恋焦がれ、自分ももうじきテレビの中（＝芸能界）に行くよ、という野心を歌っている。なお、この「君」とは当時人気アイドルとして活躍していた小泉今日子だとKAN本人が明言。
デビュー曲ながら完成度には満足していたらしく、1992年の「めずらしい人生」、1997年の「The Best Singles FIRST DECADE」と本人公認ベストにも2作連続で選曲されている。ライブでも節目節目に披露されていたが、その際はなぜか1コーラスの平メロ後半（「理屈に頭を〜」以降）が飛ばされたままサビに突入して演奏されることが多い。
２．BRACKET
1987年10月25日発売、2ndシングル。
2ndアルバム「NO-NO-YESMAN」と同時発売。シングル・アルバム同発は次作まで続くが、本作はジャケットまでほぼ一緒（タイトルが異なるぐらい）という流用デザインだった。編曲は当時駆け出しの若手アレンジャーだった松本晃彦と共同名義。またKANの全シングルの中でこの曲のみ作詞を第三者（KANの高校時代の同級生である長島理生）が手掛けている。長島とは東京でアマチュアバンドを組んでいた時期もあった模様。その縁か初期のアルバムで数作作詞を担当していた。
お洒落なジャズ風サウンドに乗って、夏に終わった恋を回想する…といった内容だと思われるのだが、婉曲的な歌詞の表現が多くおおよそKANらしくないフレーズの羅列、といった印象。タイトルの「BRACKET」はサビでは登場せず2コーラス目のAメロという凄く地味な位置に1回きりの登場。照明器具のブラケットライトのことだと思うが、なぜこのタイトルを冠したのか結構謎。100カラット級に眩しかった君を失ったことを壊れたブラケットライトに重ねている…という解釈で良いのだろうか。
前述の通り本人は作詞していないが、ライブでは封印されることなくたまに演奏されていた。個人的には初期作の中ではかなり好きな1曲。
３．だいじょうぶI'M ALL RIGHT
1988年6月25日発売、3rdシングル。3rdアルバム「GIRL TO LOVE」と同時発売。
今回も松本晃彦との共同編曲で、8ビート連打のピアノが印象的な時代に左右されない生音メインのバンドサウンド。意中の相手に告白したが振られてしまい、それでも相手を気遣いつつ、もっと魅力をつけてもう一度出直すよ、とめげない決意を綴った主人公が健気（というか諦めが悪いというか…）。この辺りからユニークな歌詞を自ら書き始めることになるのだが、この曲の主人公像はまさにKAN王道といった感じである。「テレビの中に」同様、公認ベストに2作連続で収録されるなどこの時期の作品としては扱いは良い。
なお、本作よりEPの他に8cmCDもリリースされるようになる。EPのリリースは次作が最後。
４．Over You
1988年10月25日発売、4thシングル。初の単独発売シングル。
前後のナイーブな青年が登場する作風からすると異色な、「君に肉体関係を迫ったが失敗した翌朝のレストラン（ファミレス？）で君をなだめる」という物凄いシチュエーションが舞台の楽曲。編曲は過去作のレコーディングでも参加していたギタリスト・林部直樹との共同名義だが、タッカタッカと妙に浮ついた打ち込みのミディアム作品になっており、このサウンドデザインもまた異色。
次作のアルバムでもスルーされ、公認ベストでも選曲されなかった結果、長年アルバム未収録のレアシングルと化しており、アルバム収録されたのは2004年の非公認ベスト「ゴールデン☆ベスト」が初。後に2010年のオリジナルアルバム未収録集「Songs Out of Bounds」にカップリングの「Never Leave」共々収録され、公認アルバムでも陽の目を見た。
５．東京ライフ
1989年5月1日発売、5thシングル。
東京生活での迷いや葛藤を、曜日ごとに一週間の出来事としてモノローグ的に綴る叙情的な楽曲。大学進学時に地元福岡から上京しプロのミュージシャンになり、しかしここまで鳴かず飛ばずの日々…という擦り減らした精神の中で過ごす彼にとっての「東京」とはこんな風景だったのか、と窺い知らされるシリアスな作品である。元々はカップリング曲である「君から目がはなせない」が表題曲になる予定だったらしいが、選曲会議でひっくり返った、という話が著書「ぼけつバリほり」にて語られている。
無機質なエレピとハイハットのチキチキした音ぐらいしか出てこないシンプルな編曲は久々にKANが単独で手掛けたもの。1992年には「こっぱみじかい恋」のカップリングとしてピアノ弾き語りのキー下げバージョンで新録（「めずらしい人生」にも収録）。「愛は勝つ」のブレイク後の多忙な日々で相当疲弊した感がありありの枯れたボーカルが味わい深い。筆者が好きなのはこちらのバージョンだったりする。
６．REGRETS
1989年9月1日発売、6thシングル。
同年6月の4thアルバム「HAPPY TITLE -幸福選手権-」からのシングルカット。ジャケットは「BRACKET」以来のアルバムジャケット画像を流用。編曲は奈良部匠平が単独で担当している。
サビで別れを告げた彼女への後悔を歌い、その彼女との過去の出来事が平メロで1行ずつ表記される。具体的に何をどうしてどう別れたのかは一切語られず、聴き手に想像を委ねる体裁となっており、作詞家としての成長を感じさせる歌詞の作り方だと思う。ひたすら後悔し続ける主人公がただただ悲しく、終盤で流れるサビのメロディーをなぞったストリングスも泣ける名曲。
公認ベストには「めずらしい人生」に収録。1998年のシングル「サンクト・ペテルブルグ 〜ダジャレ男の悲しきひとり旅〜」のカップリングにライブ音源が収められた。
７．健全 安全 好青年
1990年5月25日発売、7thシングル。
本作より長らくタッグを組むことになるアレンジャー・小林信吾との編曲体制がスタート（以降は編曲：小林信吾・KANが基本）。これにより如何にも80年代的なシンセサウンドから生音を軸にしたサウンドへと変遷していくのだが、この曲ではまだ前作までのシンセ主体の雰囲気を色濃く残している過渡期的なアレンジ。
思いを寄せる「君」を車で食事に連れ出したりしながらも、次の一歩に進めない「ドクもアクもスリルもない男」が主人公。コミカルながら自虐めいた歌詞がミスマッチで明るい曲調なのに哀愁が漂う。なお、各サビの最後でちょっと長めのセリフをKANが早口で喋るのだが、真似しようとすると結構難易度が高い。それ故か、ライブ映像作品ではセリフを発しないステージのものもある。
以前にも書いたが筆者がKANを初めて知ったのはFMラジオで流れていたこの曲を聴いた時であった。KANとの出会いの1曲ということで個人的には思い出深い楽曲。
８．愛は勝つ
1990年9月1日発売、8thシングル。
同年7月の5thアルバム「野球選手が夢だった。」からのシングルカット。FM局でのヘビーローテーション等を経て、フジテレビの人気バラエティ「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」の挿入歌として起用され、ヒットチャートを急上昇し、年末にオリコン1位を獲得。翌年にかけて8週連続で首位を走るなど春頃まで売れ続けてミリオンセラーを達成し、1991年末の年末特番効果で更にセールスを伸ばして最終的には200万枚超えの特大ヒットソングとなった。
タイトル通りの恋愛応援歌で歌詞もストレート。主人公が色々葛藤することの多いKANの作品の中では超異色の言い切り型のメッセージが大ヒットの理由でもあるのだろうが、「KAN＝愛は勝つのような応援ソングをメインに歌っているアーティスト」というパブリックイメージが現在でも完全に根付いてしまったのは宿命か。もっとも筆者もこのストレートさに惹かれて初めて購入したKANのCDはこの作品だった。その後の彼の苦悩を考えると、大いなるヒット故の足枷とも思えたが、純粋に良い曲だと思うし、今後もKANを語る際には必須の楽曲であることは間違いない。
ベスト盤には当然ながら皆勤。他アーティストによるカバーも多数制作されたが、KAN本人のセルフカバー音源は2017年の「la RINASCENTE」に収録された弦楽四重奏バージョンのみ。初ベスト（「めずらしい人生」）発売の際によりハードなテイストで再録したテイクもあるそうなのだが、現時点ではお蔵入りのままになっている。
ライブでは90年代後半になると披露されなくなることもあったようだが、少なくともフランスから帰国後の各バンドライブツアーには皆勤。余談だがCDジャケットには当初「やまかつ」のタイアップが印刷されておらず、年明け後になってタイアップが印刷されたものに切り替わっていた。また2022年2月には限定生産でアナログ盤も発売。
９．イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ
1991年4月25日発売、9thシングル。「ときどき雲と話をしよう」と両A面。
TBS系ドラマ「熱血！新入社員宣言」主題歌として書き下ろされた。力強いバンドサウンドに乗せてここからの歴史を（君と二人で）描こうというストレートでポジティブな歌詞は「愛は勝つ」直系といったところ。ただ本人は「愛は勝つ」の次に出るシングルというプレッシャーに勝てなかったと、翌年の著書「ぼけつバリほり」で語っているなど明確な失敗作という意識があるらしく、以降はライブでも演奏されず、公認ベストにも収録されず、歌詞集にも掲載されない不遇な扱い（セールス的には約15万枚ながら「愛は勝つ」「まゆみ」に次ぐ売り上げ）。当時中学生の筆者としてはリリース前からラジオで聴いて期待を膨らませ、少ない小遣いをやり繰りして発売日当日に購入して聴きまくるなどした結構思い入れのあった曲なので、この扱いは不憫だな…と思う。
なおドラマにはKANも脇役で出演。新人銀行マンである主人公（植草克秀）達の独身社員寮に住む別の支店の従業員役で、ゲームプログラマーの道を目指して途中で退職する役柄だった。劇中のトボけた演技には味わいがあったが、本人的には納得行かない仕事だったことが「ぼけつ〜」で遠回しに語られていた。そういった経緯も含めて彼の中では不本意な思い出の曲になってしまったのかもしれない。ヒット曲ということもあり、非公認ベストには黙殺されず毎回収録されているのが救い（？）か。
10．プロポーズ
1991年7月11日発売、10thシングル。
同年5月発売の6thアルバム「ゆっくり風呂につかりたい」からのシングルカット。新曲である「恋する気持ち」との両A面だった。「やまかつ」の挿入歌（ショートドラマで使用されていた記憶）というタイアップの効果か、売上的にはリカットにも関わらず「イン・ザ・ネイム〜」とほぼ同様の数字を残している。
大きな公園のある「ぼくの街」に君を誘ってベンチに腰掛け、アルトサックスを吹いて二人きりになったら「思い切ってぼくのとこにおいで」と最後の最後で切り出すタイトル通りのプロポーズソング…なのだが、主人公の願望要素が満載で実際の出来事なのかどうかは語られていないところがミソ（？）。
アレンジはソウル系の完全なる打ち込みで、オケ自体は最初から最後まで淡々と進行し盛り上がらない。その一方でKANのボーカルはラストに向かって段々と熱を帯びてくるので、アレンジに頼らないボーカリストとしての彼の表現力を純粋に味わえる作品。公認ベストには「The Best Singles FIRST DECADE」に収録。2007年の「IDEAS 〜the very best of KAN〜」には生演奏での新録バージョンが収められた。
11．こっぱみじかい恋
1992年1月29日発売、11thシングル。
映画「夜逃げ屋本舗」主題歌に起用されたが歌詞は特に映画の内容とは関係なく、季節の変わり目も見ないままあっという間に別れを告げられてしまった主人公の嘆き節。お互いに秘密も過去も明かさないままフラれた…ということで納得が行かない様子を1曲かけてつらつらと綴っている。別れの理由も理解しておらず腑に落ちないという感じだが、これはオチ的なラストの一行「言わなかったけど君を愛してた」が原因なのでは…（苦笑）。レトロなオルガン、生のブラスやストリングスがメロディーの裏でカウンター的に終始入ってくるバンドサウンドなど、アレンジ的には聴きどころが多い。
翌月末発売の初のベスト「めずらしい人生」に収録され、オリジナルアルバムには未収録。2010年のオリジナルアルバム未収録集「Songs Out of Bounds」にも選曲されている。
12．言えずのI LOVE YOU
1992年3月25日発売、12thシングル。
元々は1988年の3rdアルバム「GIRL TO LOVE」収録曲で、編曲はKANと松本晃彦の共同名義。1992年2月の初のベスト「めずらしい人生」に選曲され、約一ヶ月後にシングルカットされた。その際に小林信吾による生のストリングスアレンジが追加され、微妙にミックス変更もされた新たなバージョンが誕生。故にストリングス入りのもの（イントロで鳴るのですぐに判別可能）がシングルバージョンなのだが、本ベストでは1988年のオリジナルバージョンが収録されている。
＊2024.12/6追記：誤収録判明につきメーカーによる無償交換がアナウンスされました（2025年2月末まで）。
デビュー前から存在した曲と語られ、当時から人気曲としてファンには認知されていたらしく
満を持してのシングルカット。タイトル通り、君に好きだと言えないピュアで奥手な主人公が「あのね、うんとね」を繰り返す、爽やかな曲調ながらもどかしいナンバーである。リカットながら「こっぱみじかい恋」よりもセールスは若干上回り、現在でもKANの曲の中では知名度の高い曲となっていると思う。ただその若々しい作風故に後年のライブではあまり演奏される機会が多くなかった模様。それでも代表曲ということで、ベストには公認・非公認を問わず「愛は勝つ」と並んで皆勤。公認ベストでは「めずらしい人生」にオリジナルが、「The Best Singles FIRST DECADE」以降はシングルバージョンが収録されている。
（以下、後日更新予定のDISC 2編へ続きます）
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