
オリジナルメンバーであるボーカル&ギターの松尾よういちろうをフロントマンとして、メンバーチェンジを経ながら結成後約11年間活動を続けてきた井乃頭蓄音団でしたが、2020年初頭に松尾、そしてギタリストのジョニー佐藤が同年3月29日をもってバンドからの退団を発表。四人編成だったバンドのメンバーが半分の二人に減ることになる中、ギターのヒロヒサカトーはバンドの存続を宣言。ベースの大貫真也も残留を表明し、カトーがボーカルを兼務する新体制へと移行。四人編成最後のライブツアーは当時猛威を振るい出した新型コロナウィルスによる影響で全て中止となってしまい、予定通り松尾とジョニーは3月末で退団。二人編成になった後もライブの予定が持ち上がってはコロナで公演が流れ…という悪循環を繰り返していましたが、2022年の7月に「魚とあなた」、9月に「君に会いたい」という2作の配信シングルでリリース活動を再開。そして本作は、前作にして四人編成最終作の「INOTOPIA」から実に5年半ぶりとなるオリジナルアルバム。なお、先述2作の配信シングルは未収録となり、全11曲全てが新曲となっています。
これまでの彼らの作品は基本的に四人編成にドラムを加えたファイブピースでの録音が主で、鍵盤系などのいわゆる上モノはエッセンス的に加える程度での、ストレートなバンドスタイルでのレコーディングが多かったのですが、新体制となった本作はメンバー担当パートのギター、ベースの他、曲によってはドラム、バンジョー、キーボード、ペダルスチールギター、パーカッションにバイオリンなどの各プレイヤーも参加して楽曲を盛り上げるという、ユニット的な形態にシフト。近年の彼らの持ち味であったフォークロック系の「ビューティフル」から、カントリー調の「つばくらめ」「ふぇねちるあみん」、オルガンやエレキギターのソロをフィーチャーしたレトロなロックテイストの「フライング・エッグ」まで、アレンジの幅を増やすことでアルバム全体の彩りを増やしていった印象。
ボーカルに関しては完全に別人になったということで松尾の模倣という感じは一切なく、カトーの若干クセをつけながらも飄々と歌いこなしているスタイルが新生イノチクとしての新たな味わいになっている気がします。風刺的な「先生あのね」や、コミカルな表現の中に哀愁を感じる「ギャクバリズム」など、曲によって作風は様々ですが、「隠しておきたい悲しみ、憂鬱を歌にして、少しだけ明日に期待しながら生きていきたい。そんな願いを込めたアルバム」と公式サイトでカトーがコメント(大意)しているのを踏まえて聴くと、各楽曲どこか輪郭のぼやけたテーマを散文詩的に綴っておきながら、リスナーに切なさや寂しさ、やりきれない思いを感じさせる…という楽曲が多いかなと。
結成当初の作品のような、生々しい下ネタで一部を喜ばせ一部をドン引きさせていた(苦笑)楽曲や、意味不明のエネルギーに溢れた楽曲は本作の中には存在しません。まあ今更筆者も彼らにそういった路線を求めていないし、特に前者のようなノリを求めるリスナー達は前作までの段階で既に離脱していると思われます。これからもライブなどでは昔の楽曲も演奏するのでしょうが、本作は新生・井乃頭蓄音団としての基礎を固めた、新たなデビューアルバムという立ち位置になるのでしょうか。今後の活動も期待しています。
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