
大島保克は石垣島白保出身。両祖父が地元で評判の唄い手であったり、古典民謡の師範であったりという音楽に囲まれた環境で育ち、本ブログでも頻繁に登場するBEGINの三人とは高校時代の同級生という間柄。高校卒業後の1989年に当初は勤め人として上京。BEGINのライブへのゲスト出演を契機に音楽活動を決意し、1993年にポリスターよりアルバム「北風南風」でソロ・アーティストとしてデビュー。その後も三絃を片手に各地を弾き語って回る活動をメインとしながら、主にビクターより2〜3年に1枚ペースでアルバムをリリース。今回ご紹介の作品は2012年4月18日に発売された、単独名義では通算6作目のアルバムとなります。
本作の最大の特徴は、全曲が大島名義のオリジナル曲で構成されている、という点。と言ってもそれって普通のことじゃ…?とお思いの方もいらっしゃると思いますが、本人の古くから伝わる沖縄の伝統民謡を唄い継ぐ、という活動スタンスが反映されてか、これまでは「オリジナル曲半分・民謡のカバー曲半分」、または「ほぼ全曲民謡でオリジナルは1〜2曲程度」というバランスでアルバムをリリースしていたのですが、本作ではデビューから19年目にしてついに全曲本人が作詞、作曲も収録曲13曲中10曲を手掛けるという快挙(?)を達成。ちなみに全曲完全新曲ということではなく、デビューアルバム収録の「イラヨイ月夜浜」、2002年のアルバム「島時間 〜Island Time〜」に収録の「流星」、2007年に発表したアメリカ人ジャズピアニストであるジェフリー・キーザーとのコラボアルバムに収録の「東方節」は再録音。また2005年に内里美香に提供した「川」のセルフカバーも収録と、デビュー以来紡ぎ出してきた過去の楽曲を新曲と共にこの時点での大島保克の息吹で1枚のアルバムに収めた作品、とも呼べるでしょう。
話が前後しますが、筆者が大島保克を認識したのはまずはシンガーとして。某映画のエンドロールで「夢のなかで」という曲を耳にし、唄声に惹かれたのがきっかけであり、さらに同郷のBEGINの比嘉栄昇と共作した「イラヨイ月夜浜」のBEGINバージョンを聴いて気に入り、彼の活動に興味を持ったのですが、BEGINのオリジナル島唄が本人達いわく、万人への分かりやすさを考慮した「遊び島唄」なのに対し、大島が唄うのは本格的な民謡で歌詞もほぼ沖縄の方言…ということもあり、なかなか手が出せずにいたところ、本作は本土方言(標準語)のオリジナル曲が結構収録されている…という情報を得て、これならハードル低めだろう、と手に取った次第。
とはいえ、全13曲中ほぼ全ての曲で三絃は使用され、民謡を意識した囃子なども取り入れられているなど土着的な印象は受けるものの、曲によってはギター、ウクレレといった弦楽器、オルガン、アコーディオン等の鍵盤楽器に、パーカッションに太鼓も参加して、曲調に合わせたアンサンブルが全編にわたって展開されており、アイリッシュ風の軽快なアップテンポナンバー「旅路」を筆頭に比較的カジュアルな民謡集といった趣。「マンタラ祝」「波照間」等の沖縄方言での古典を意識したであろう曲達も、歌詞ブックレットに1曲ずつ解説が載っているので大体の意味は理解できました(この辺りがサブスクでは得られない利点でしょうか)し、何より朴訥ながら朗々とした歌い回しで、夏の終わりの侘しさを歌う「まつりのあと」、かつて大島が暮らした麓の街から望む六甲山から眺めたであろう景色を描いたタイトル曲「島渡る」といった本土方言の楽曲が白眉。どちらもフォーク調で聴きやすく、また聴くだけで耳を通じて情景が思い浮かぶ…というその声の表現力を活かした楽曲が強く印象に残りました。
一方で、ステージで唄うときのように純粋な三絃弾き語りを求めるリスナーには色々な音が入り過ぎていてちょっと…という意見もありそうですが、それで全編を構成してしまうとストイック過ぎてハードルがうんと上がってしまい、筆者のような「興味を持った」ぐらいの段階でその体裁の作品を聴いてしまうとそれっきりになってしまう可能性が高いわけで、そう考えると全アルバムの中で最も聴きやすいと思う本作をきっかけとして彼の音楽世界を気に入り、過去の作品に遡って聴いていってやがてファンになる…という、一般的なポピュラーミュージックのアーティストと同様の経緯をリスナーは辿れると思いますので、そういう意味ではベスト盤…とまでは言わずとも「大島保克入門編」とでも呼ぶべき好盤。このアルバムを気に入ればどんどんと深堀りしていくことをお薦めしますが、本人単独名義以外の作品は前述のジャズピアニストとのコラボアルバムや、スカバンドとのコンセプトアルバム(「今どぅ別り」1997年・大島保克&オルケスタ・ボレ名義)など、畑違いの異種格闘技戦的な作品も合間にリリースされており、どちらもクセがありマニアック色強めのアルバムなので、これらの作品は一番最後の方に辿っていけば、より彼の音楽を理解できるのでは、というのが筆者の経験談です(笑)。
なお、大島はこの後2015年7月に伝統民謡を弾き語った通算7枚目のアルバム「越路 〜八重山二揚集〜」をリリース。その直後に体調を崩して出演を予定していたイベントやライブをキャンセル。その後も消息は掴めずいつの間にか公式サイトも消えて…という状況(ビクターのCD販売ページはまだ存在)。BEGINのデビュー30周年時のインタビュー(2021年初頭)では音楽仲間として彼の存在には触れられているものの、現在どうしているかなどは全く語られず今日に至っています。本作発売当時のインタビューで「自分の手から離れて他の人が歌ってスタンダードになってこそ"島唄"になると思っている」と語っており、「イラヨイ月夜浜」や「流星」、本作には収録されていませんが「赤ゆら」など、動画サイトを探せばプロ・アマ問わず多種多様なカバーが見受けられており、今や確かにそうなっているなぁ…と思う一方、筆者としてはオリジナルの唄い手である大島不在の現在に寂しさを感じているのも正直なところ。またいつか、ふと我々大衆の前に姿を現して欲しい、と願って今回の「今週の1枚」を締めさせていただきたいと思います。ヤッさん、いつまでも待っていますよ。
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