
本ゲームは1998年に初代プレイステーションをプラットホームに展開された「やるドラ」シリーズの一作。「やるドラ」とは、プレイヤーが主人公となりシナリオを追っていき、時折登場する選択肢を選んでその結果物語の展開が変化する…という、一種のアドベンチャーゲームであり、当時としては珍しかったフルボイス・フルアニメーションが特色の作品でした。プレステでは各四季を舞台にストーリーも登場人物も全く異なる4作が発売され、「ダブルキャスト」(夏)、「季節を抱きしめて」(春)、「サンパギータ」(秋)と続いたシリーズの最終作として、冬を舞台に同年11月26日に発売されたのが本作。なお、全4作共に単独での主題歌シングル、サントラCD、ドラマCDもそれぞれ発売されています。また、「やるドラ」シリーズは2000年にプレステ2にプラットホームを移し、こちらのほうは全2作(うち1作は上下巻としてソフトを分けて販売)で展開されました。
「雪割りの花」は冬の北海道が舞台。主人公はアパートに一人暮らしの大学生。ある11月の夜、アパートの隣の部屋に住んでいる憧れの年上のOL・桜木花織(CDジャケットの女性)が心因性記憶喪失で入院。記憶喪失の原因は彼女の恋人・伊達昴が海外出張中に交通事故死した、という報せを聞いて…ということ。そんな彼に代わって病院で彼女の世話を焼く主人公を、花織はあろうことか昴と思い込んでしまうことに。主人公は逡巡の末、彼女の記憶喪失の原因であった昴の死を思い出させないように、昴のふりをして花織と付き合うことに。しかし、赤の他人に成りきるというストレス、花織にいくら尽くしても彼女は自分を昴としてしか見ていないという苦悩が合わさって、主人公は徐々に精神的に疲弊していくことに。そして、ある折に彼女が言った「3月31日、待ってる…」という言葉の真意は…というのが大まかなストーリーです。
…このようにとてもヘビーなシナリオとなっており、選択肢によって花織が記憶を取り戻すタイミングをひとつ間違えると彼女が屋上に走るなどして即バッドエンド…という展開も多数あるなど、「やるドラ」史上最もプレイしていて気の重くなる作品、ということは間違いないと思います(苦笑)。
音楽を担当したのは白井良明。既にムーンライダーズのメンバーとして実績があり、並行してプロデュース業やソロ活動も行っていた彼ですが、ブックレットによるとゲームミュージックを担当するのは本作が初めてということ。オファーを受けた時はかなり緊張していたとも綴られていますが、ギタリストの彼らしく、全編アコースティックギターを核に据え、ゲーム開始のプロローグ時に流れる「北の港町」のブルージーな調べ、タイトルからのイメージの如く淡々とギターが紡がれる「病院」、妖艶な雰囲気満載の「誘惑」、焦燥感を煽る「危機」等、時に優しく、時に温かく、時に不穏に(?)物語を彩る楽曲を多数収録。
通常のアコギの他にもガットギター、12弦ギターなども使って演奏されているようで、それぞれの音の性格に合った旋律の味わい深い楽曲が並び、曲によってはパーカッションやピアノ、オルガン等の音も使い、また主人公が昴の死を知る時に流れる「衝撃」という曲では初っ端から脳天を直撃するようなスライドバーを使用したエレキギターが響くなど、ゲームプレイヤーにとっては聴いているだけでこれらの曲が使われた場面が明確に甦ってくるような、物語に寄り添った楽曲が取り揃えられています。
物語がシリアスなので、明るい雰囲気の曲はほぼ皆無で、全体的に寂しい印象を受けるナンバーが多いのですが、アコギ2本のアンサンブル「海辺」など、ワビサビ的な楽曲が、ストーリーの雰囲気と非常にマッチ。クライマックスで流れる主題歌(後述)のインスト「雪割り草」、エンドロールを経てのエピローグで流れる「再会」「旅立ち」は地味ながらも登場人物達の背中をそっと押すような優しい響きでグッドエンドを締めるに相応しい穏やかな楽曲。色々あったけれど終わり良ければ全て良し、と言ったところでしょうか。
アニメーションは基本的にモノトーンで色使いが淡く、キャラクターデザインも如何にもアニメという造形を廃したシンプルながらリアルなタッチということもあり、現実感のあるアコギメインの曲を劇伴の中心に据えたのは正解だったと思います。また、白井良明の担当ではありませんが主題歌の「GHOST DANCE」(Yu-Kalie)も物語の最後を飾るしんみりとしたバラードで、総じてアニメというよりも実写ドラマといった趣が強く、それぞれの担当が上手く噛み合った良作と呼べるのでは。惜しむらくはゲーム中では無音の場面も結構多いこともあってか、1曲1曲の収録時間が短い(1分半〜2分半程度)こと。特にロード画面で流れるアコーディオンがメロディを奏でるアイリッシュ風の「裏切り」はたったの33秒!という短さで、サントラではもっと長い尺で聴けると思っていたのでタイトル通りの裏切りを食らった気分になりました(?)。ただ、そういったわけなので主題歌を含めてもCDの収録時間は50分に満たず、最後まで聴いたらまた最初から、というリピートも悪くない…という点では適度な収録分数なのかもしれませんが…。
…ということでゲームのサントラでありながら実写的な要素の強い本作、当時ゲームをプレイしてその音楽の良さに感銘を受けた身としまして、物語の最重要キーワードである「3月31日」にご紹介いたしました。果たして花織の運命は?雪割りの花が咲き、主人公に春は来るのか?…興味のある方はネットでストーリーを…というのが一番手っ取り早いですが、環境が許せばプレステの互換性のあるハードか移植先のPSP、ダウンロード販売等で入手してプレイしていただければ、と思います。
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