
2022年の秋に配信されたデジタルシングル「いまダンスをするのは誰だ?」をアルバムタイトルに戴いた本作は、前作より実に約11年振りとなるオリジナルアルバム。今回初収録の完全な新曲は4曲で、既発曲は「いまダンスを〜」、2019年リリースのフィジカルシングルのカップリング曲「笑う奴」に加え、ボーナストラックとして2008年のシングル「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」と、「いまダンスを〜」のインスト(要はボーカル、コーラス抜きバージョン)がラストに収められるなど、オリジナルアルバムという体裁としてはやや変則的な構成になっています。
元々シンガーソングライターであり、基本的には作曲のみならず作詞の大半も単独で行ってきた樋口了一ですが、今回のアルバム楽曲での作詞は「Return match」の1曲のみ。他の3曲は樋口が主演を務めた映画「いまダンスをするのは誰だ?」の原作者兼監督である古新舜が「光のランナー」を、フォークグループ手風琴のメンバーである藤井要一が「タコ公園」を、そして樋口がパーキンソン病を公表した後で詩を送り、「笑う奴」と並んで樋口が曲をつけた未来のペンによる「父として」を手掛けており、それぞれ三者三様の表現でアルバムを彩っています。懐かしさの中で切なさを感じる曲だったり、孤独の中でそっと背中を押してくれる曲だったり、とてもシリアスなモチーフを相手に語りかける形で綴った曲もあるなど、アルバムの曲数の割には結構重い…と思わせる楽曲もありますが、時に明るいメロディーで朗らかに、時には詞に寄り添った直球のバラードを熱唱する形だったりと、作曲家としての手腕、シンガーとしての樋口の表現力も改めて伺える作品だなと感じました。
アレンジ面ではピアノ一本で最後まで歌い上げる曲もありますが、プログラミングとエレキギターによる疑似バンド形態の曲が多く、かつてのメジャー復帰直後の作品で楽器演奏陣を潤沢に招き、ふんだんに生音を使用していた頃に比べると音の軽さはどうしても気になるところ(今風といえば今風?)。まあでも病気公表後は基本的に地元である熊本中心の活動となり、新曲リリースもそうそう望めないのではないか…と思っていたところにニューアルバムという形で新譜が届けられたというのは嬉しい驚きでしたし、本人も演技に挑戦するなど、新たな表現方法への意欲が感じられるのはファンとして喜ばしいこと。今後も前向きに、そして無理せずに活動を続けていってくれればと、思います。
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