kanhentetsu 2023年最後となるCDレビューは「今週の1枚」としまして、先月逝去したシンガーソングライター・KANが本名である「木村和」名義でリリースした唯一の作品「何の変哲もないLove Songs」を、追悼の意味も込めましてご紹介いたします。

 1987年のデビューより長らく在籍したポリドールから移籍し、1996年からはマーキュリー、1997年末からはワーナー、そして2001年からはBMGファンハウスと小刻みに移籍を繰り返しながらも、シングル制作、アルバムリリース、全国ツアーという当時の一般的なアーティストの活動ルーティーンを定期的にこなしていたKANでしたが、2002年よりフランス・パリへの移住を宣言。この渡仏によってアーティスト活動は休止状態となり、長らく彼のファンを続けていた筆者も「これは実質半分引退状態でもう表立った音楽活動をするつもりはないのでは…」と正直覚悟していたのですが、2年半後の2004年夏に無事(?)日本に帰国し活動を再開。渡仏前には意外にも行ってこなかったピアノ弾き語りでのライブ活動を経て、2005年5月に公式ウェブサイトが開設。それを記念して公式ウェブにて限定販売されたのが本作。リリースは2005年8月1日。開設記念限定盤ということで現在は入手不可能となっているレアアイテムでもあります。なお、本作は公式サイトのディスコグラフィにも掲載されていますが、本名名義の番外編ということもあってか、「BEST & the others」ページの一番下の掲載配置となっています。

 収録曲は全8曲。全曲完全ピアノ弾き語りであり、最初と最後に新曲を1曲ずつ、その間に過去の楽曲からのセルフカバーを6曲、作品発表順に並べたという構成。先にセルフカバーから見ていくと、まずは1989年発表の「東京ライフ」。シングルタイトルにもなった曲であり、東京生活での漠然とした不安をエレピに乗せて淡々と歌い上げていたのが原曲バージョン。「愛は勝つ」でブレイク後の1992年初頭にキーを一つ下げたピアノ弾き語りバージョンで一度リメイクされており、こちらは当時の多忙な状況による疲弊感がダイレクトに反映された切実なボーカルが特徴。そして今回はキーを元に戻したピアノ弾き語りバージョンでの再々演。さすがに年輪を重ねて達観した歌い方になっています。続く「君が好き胸が痛い」は1990年発表。原曲でもピアノ弾き語りで、アウトロ部分で別の曲のメロディーを別楽器が奏でるという仕掛けがありましたが、今回は最後までピアノオンリー。個人的にはブレイク当時の深夜の音楽番組でのスタジオライブで今回の形態でのこの曲の演奏が印象に残っており、スタジオ音源という形で実現したのが嬉しいところ。そして「牛乳のんでギュー」は1994年発表。こちらは原曲も完全にピアノのみで、演奏自体は原曲と大きな違いはありませんが、冒頭にこの曲の下敷きと思われるビリー・ジョエルの某曲のイントロを引用している、という遊び心がちょっとヒヤヒヤ(?)してしまうテイクに。以上、ここまでがポリドール時代の音源のセルフカバーとなります。

 後半はマーキュリー〜ワーナー期の楽曲が並びます。「君を待つ」は1997年発表。四季折々の景色を歌詞に盛り込んだラブソングで、原曲は当時の共同アレンジャー・小林信吾の安定感のあるピアノにストリングスが被さるというオーソドックスなバラードという以外特に強い印象を持つという曲ではなかったのですが、KAN自らのピアノ弾き語りになることでライブ感が増し、一層情緒が見えてくるバージョンとなりました。「月海」は1998年発表。こちらは失恋の悲しみや絶望をスケールの大きい表現で綴った楽曲。ライト&メロウ系のアレンジでフォローしていた原曲に対し、ピアノだけになると剥き出しの暗さが強調されて聴いている方もどんよりしてしまうかも(苦笑)。セルフカバー最後の1曲は1999年発表の「50年後も」。同年に結婚し、生涯の伴侶となった奥様に向けて書いたと思われるラブソングで、原曲はベーシックなバンドスタイルでの録音。この曲はかなり長い間彼のバンドライブの最終曲として弾き語られていたこともあり、ファンの中では弾き語りのイメージが強いのかもしれませんが、どちらのバージョンも甲乙付け難い名演だと思っております。

 そして2曲の新曲についても。「何の変哲もないLove Song」は彼にしては珍しく、直球かつシンプルに愛を歌う楽曲。この曲は2008年にBank Bandがカバーして発表し、彼らのベストアルバムにも収録されているので結構有名な曲になったかも。もう1曲の「雪風」は別離を迎えた相手を思い出しながら街を離れる…という寂寥感のある楽曲。「君のない毎日は ただの思い出になる」というフレーズが今聴くと胸に来ます。なお、この曲も2020年に同じ事務所に在籍のシンガー・松原健之がKAN本人によるアレンジでのピアノ+オーケストレーションでカバーしている模様。

 本作は再販や後のベスト盤への音源収録なども一切行われておらず、彼の逝去直前に部分的に解禁され、現在も少しずつラインナップが増えている配信サービスにも恐らくは追加されることもないであろう前述通りのレアアイテムなのですが、ライブ音源としてならばほぼ同じアレンジで弾き語りライブアルバムが2作リリースされ、半数以上の曲が収録されているので、未入手の方でもそちらの方で本作のエッセンスのようなものは感じ取れるのではないかと。
 …かくいう筆者も販売時に買い逃し、ある時ふと立ち寄った都内の某中古CDチェーン店の「カ行」の棚に特にプレミア価格でもない普通の中古品として並んでいた(多分「木村和」という無名アーティストの作品だと思われた?)本作を奇跡的に発見して即入手したクチです。あれからもう十数年、KANというアーティストは残念ながらこの世から旅立ってしまいましたが、彼が残してくれた沢山の音楽作品はこれからも自分の支えとなってくれることでしょう。改めて哀悼の意と、感謝の想いをここに記して、今年最後のレビューを締めさせていただきたいと思います。