higuchigogh 2020年2回目にして今年最後の「今週の1枚」、直近のナンバリングではベストやコンピ盤的なアルバムが続いていましたが、今回は久々にオリジナルアルバムを。1996年3月6日にリリースされた、樋口了一の通算3枚目のアルバム「GOGH」をご紹介いたします。

 樋口了一は1993年7月に東芝EMIよりシングル「いまでも」でデビューを果たしたシンガーソングライター。EMIには1997年まで在籍を続け、アルバム3枚、シングル7枚をリリース。その後はSMAPやTOKIO、鈴木雅之等に楽曲を提供しながらインディーズでの活動に移行する中、かねてから繋がりのあった鈴井貴之(タレント兼北海道の事務所OFFICE CUEの当時社長)が企画したローカルバラエティ番組「水曜どうでしょう」にて起用された楽曲「1/6の夢旅人」で番組人気と相俟って知名度が上昇。後には古巣の東芝EMIからベストアルバムもリリースされる中、2008年からはテイチクにてメジャー復帰し、補作詞と作曲を手掛けた「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」がヒット。現在は活動拠点を出身地である熊本に移し、地道に活動を続けている模様。今回ご紹介の「GOGH」は、現在では初期メジャー時代とも呼ぶべき東芝EMIでの最後のオリジナルアルバム(シングルはその後2枚リリース)にあたります。

 …などと書くとまるで当時から樋口ファンのようですが、筆者もご多分に漏れず「水曜どうでしょう」関連で彼の存在を知った身なので、本作に関してのリアルタイムな思い出は皆無。ただ彼のEMI在籍時はちょうど筆者が最も多感に音楽を聴いていた中〜高校生辺りの年代に該当するわけで、その頃に何で引っ掛からなかったのかな?と、00年代のオリジナルアルバムやベストを聴きファンになった後で初期作にも手を出してみたのですが、それに関しては明確な理由が。1st、2ndアルバムは彼の声質も含めてAOR寄りのポップス、というカテゴリーの中で制作されたかのような聴き心地の良さがあるものの、90年代中盤から後半にかけて、様々なジャンルでごった返し世紀末的に混沌としていく日本の音楽シーンの中では個性が埋没していて、筆者の耳まで届かなかった点があったのではないかと思います(後はプロモーションや運の要素などもあるでしょうが)。
 …そんな中でリリースの3rdアルバムにあたる本作は、前二作とは違ったアプローチが彼の楽曲に新たな魅力を与えた1枚で、長足の進歩を遂げた作品と呼べるでしょう。その要因は、アレンジ面にあると思っています。

 収録曲は前年に先行でリリースされていたシングル「憧れのレイナ」「Memories」を含む全10曲。アレンジャーとしての顔も持つ樋口が6曲、今回初参加となる森俊之が4曲を編曲担当。樋口が前述のシングル曲で披露したバンドサウンドや、ストリングスを使ったバラード「坂道」、アコギのみの弾き語りでラストを飾る「Holy Nightは夢の中」(発売は春だったんですが…)と、ポップスの王道を行くアレンジを展開するのに対し、森は「ひとつだけそっと教えてほしいよ/僕は一体何が描けるのか」と自問自答を綴るアルバムタイトル曲「GOGH」、フィクションとノンフィクションの境目を描く「幻画の街」など、完全に打ち込みを強調というわけでもなく、かといって生音を存分に聴かせるわけでもない浮遊感あるサウンド…という、打ち込みバンドとエレクトロの中間というこの時代としては結構斬新なアプローチで樋口の楽曲を味付け。
 特筆すべきは明るくも切ないミディアムナンバーから情感溢れるバラードまで、多種多様な樋口が持ち寄った楽曲を、樋口と森で分担したアレンジでもって1枚のアルバムに曲順も含めて上手くまとめた点。恐らくどちらが多すぎても少なすぎても成り立たなかったバランスで、この点では過去二作で物足りなかった点を補完した、トータルプロデュースの賜物と呼べるのではないでしょうか。

 結局このアルバムも売れず、翌年にはメジャー契約が終了する彼ですが、本作からの楽曲は後に出た本人監修のベスト関連でも結構選曲されており、本人にとっても売り上げ云々はさて置いて納得の行く出来だったのでは。2020年現在の耳で聴いても、アルバムを通してポピュラリティーとマニアックの中間を行ったり来たりのバランスが絶妙な作品だと思います。
 なお、前二作よりも生産数が少なかったのか、00年代では稀少盤としてファンの間では比較的高価なアルバムとして取引されていた記憶がありますが、現在は全曲が配信で購入可能になっており、レアアイテムで終わらなくて本当に良かった…と思っている次第。「1/6〜」で知ったどうでしょうファン、「手紙」やベスト盤で彼の世界に入門したリスナーへの「次の1枚」として、是非耳を傾けてもらいたい、埋もれさせるには勿体ない名盤だと思います。