kan0 1987年にポリドールよりデビュー、1990年にシングル「愛は勝つ」でダブルミリオンに達する特大のヒットを放ち、その後はレコード会社移籍やフランスへの移住での活動休止、帰国後は楽曲提供や企画ユニットに参加する傍ら、マイペースなリリース活動とエンタメ性溢れる(笑)ライブ活動で地道に日本のミュージックシーンを渡り歩いているKAN。今回の「Artist Archive」は、そんな彼がかつて在籍したポリドール時代約10年の中から、前半にあたる1990年までにリリースされた全オリジナルアルバムを1作ずつレビュー。「続きを読む」からご閲覧ください。
KAN ポリドール時代前期(1987〜1990)全オリジナルアルバムレビュー


テレビの中に
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 1987年4月25日発売、同日発売の同名タイトルのシングルと共にデビューを果たした1stアルバム。全10曲収録。
 第1作目にして全作曲・編曲を担当。外注アレンジャーを招かずにここまで新人に全面的に任せるのは当時としても異例だったのでは。派手なシンセの音色が鳴り、如何にもプログラミングしました的な打ち込みサウンドがメインでさすがに時代性を強く感じてしまうが、アレンジの腕に関しては早くも実力を見せ始めている印象。ボーカルは現在に至るまで大きな変化がなく、スタイルが既に確立されている一方で、作詞は10曲中3曲しか担当しておらず、他の曲は川村真澄や森浩美などの本職作詞家が手掛けており、普遍的でまとまりの良い歌詞を歌っているのには若干違和感を感じなくもない。彼の個性が発揮されているのはデビュー曲「テレビの中に」ぐらいか。


NO-NO-YESMAN
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 1987年10月25日発売、2ndアルバム。全10曲収録。
 前作からわずか半年というインターバルでのリリース。本作では単独編曲は2曲のみ、他の曲は当時新人アレンジャーだった松本晃彦との共同名義(「SILENT SIREN」のみ松本単独)。ポップ全開だった前作とはうって変わり、バーで流れているような軽妙洒脱なサウンドが多く、各曲のインパクトは薄めである。
 同時発売シングル「BRACKET」、元々はKAN宅の留守番電話用メッセージソングとして作られた(ものを改作した)「今夜はかえさないよ」、ビッグバンド風の「僕のGENUINE KISS」が頭ひとつ抜けている。作詞面ではKAN単独が3曲、共作名義が2曲とまだまだ少ないが、アルバムタイトル曲「NO-NO-YESMAN」で垣間見せた独特の作詞世界が徐々に芽吹いてきた感も。


GIRL TO LOVE
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 1988年6月25日発売、3rdアルバム。全10曲収録。
 10曲中8曲での単独作詞を手掛け、同発シングル「だいじょうぶI'M ALL RIGHT」、4年後にリミックスを施しシングルカットされる「言えずのI LOVE YOU」のようなナイーブな青年像、現在でもバンドライブのアンコールで演奏される「適齢期LOVE STORY」、ベストアルバムにも収録された「君はうるさい」などのウィットに富んだテーマの作品など、いよいよ彼のユニークな歌詞世界が開花。内省的バラード「フランスについた日」や、ピアノとストリングスをバックに切々と歌う「GIRL TO LOVE」なども取り揃え、各曲のメロディーも冴えを見せ、KANの個性が確立したという意味でのデビューアルバムはこのアルバムなのかも。
 アレンジは前作に引き続き松本晃彦と共同だが、再び打ち込みっぽさが全面に出てきてポップな印象。KAN自身も本作の出来には納得しているそうである。なお、ここまでの3作はオリジナル盤ではペラ1枚の歌詞カード封入&盤面デザインがポリドール汎用仕様だったが、2010年のリマスターシリーズ「THE RESTORATION SERIES」で再発の際に歌詞ブックレットとして再構成され、盤面も新規にデザインされた。


HAPPY TITLE -幸福選手権-
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 1989年6月21日発売、4thアルバム。全10曲収録。
 本作より全作詞・作曲が基本となった記念すべき(?)アルバム。アレンジはKANが単独で4曲、残り6曲を松本晃彦、奈良部匠平、大谷幸が2曲ずつ請け負うという、彼の作品の中では異色の編成。
 これまでの3作がまったく売れなかったためか、「UNIT OF SOCIETY」「FOREIGNER」「A MAN IN DISSATISFACTION」など明らかに不安定な精神状況の主人公が登場するなど迷いや葛藤がモロに出ている曲が多く、本人も本作に関してはほぼ否定的な発言しかしていないのでファンからも敬遠されている印象の作品だが、先行シングル「東京ライフ」、数ヶ月後にシングルカットされた「REGRETS」の二大名曲が収録されているのはポイント。加えて奥手な女の子を励ますポップな「OLD FASIONED GIRL」、AOR風バラード「ALL I WANT IS YOU」といった佳曲も収録されており、筆者としては本人が思っているほどにネガティブな完成度のアルバムではないと思う。


野球選手が夢だった。
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 1990年7月25日発売、5thアルバム。全10曲収録。
 同年9月にシングルカットされた「愛は勝つ」が、年末から年明けにかけて大ヒット。相乗効果で本作もアルバムチャートでロングセラーを記録し、彼のアルバムの中でも断トツのセールスを誇る。
 先行シングル「健全 安全 好青年」より長らく続く小林信吾との共同アレンジが体制スタート(アルバム制作初期の「青春国道202」のみ佐藤準が編曲)。キーボード色を取り入れながらも生演奏に重きを置いたアレンジでバンド感が出て普遍的なサウンドになり、キャッチーなメロディーと相俟って一気に聴きやすくなった。作詞面では遠距離カップルを描いた「恋する二人の834km」、多数の登場人物が登場し短編小説さながらの「けやき通りがいろづく頃」、別れた彼女と空港で再会してしまう「千歳」、ビリー・ジョエルの某曲を下敷きにした「1989(A Ballade of Bobby & Olivia)」など基本的にはラブソングが中心。これが彼の作風の本質であるのだが、「愛は勝つ」路線の応援ソングテイストを期待すると肩透かしを食らう可能性も。逆に「愛は勝つ」以外の楽曲も肌に合えば他の彼の作品にもどんどん手を出していって損はない。全オリジナルアルバムの中から1枚を薦めるとしたら聴きやすさ、完成度からの両面からも本作が一押し。