KANRINA 2017年3月15日発売、KANのキャリア初となるセルフカバー・アルバム。全11曲収録。

 KANのデビューは1987年4月。一般的には30周年として今月からアニバーサリーイヤーが始まりそうなものですが、素数を愛するKANは昨年4月からを「芸能生活29周年記念 特別感謝活動年」と名付けて(笑)バンドライブ、弾き語りライブ、同ライブアルバムのリリースなどを精力的に一年間こなしてきました。そんな29周年を(多分)締めくくる最後の作品は、KAN自身の編曲により、ストリングスカルテットを招き、四重奏+ピアノ+ボーカルによる室内楽的なセルフカバー・アルバム。冒頭にインスト「Menuett fur Frau Triendl」(CD帯にある「書き下ろし新曲」とはこの曲)、中盤にビートルズのカバー「Here,There and Everywhere」を配置し、「愛は勝つ」「まゆみ」の二大ヒット曲に加え新旧シングル曲、アルバム曲を9曲選曲という構成になっています。

 アレンジの方向性は、元々原曲の時点でストリングスの主張の強い「世界でいちばん好きな人」「CLOSE TO ME」「いつもまじめに君のこと」「まゆみ」などはそのフレーズをさらに追加・拡大したイメージ、もうひとつは「月海」「愛は勝つ」「星屑の帰り道」など、原曲にないストリングスフレーズを新たに練ったり、他の楽器が担当していた部分を四重奏で演奏したり、と大きく分けて2つ。近年(といっても10年ぐらい前ですが…)の作品では「キリギリス」「彼女はきっとまた」というまさか今回選ばれるとは…と驚かされた(笑)曲もピックアップされているのですが、ダジャレや物まねが飛び出すこれらの曲も上品にリアレンジされていてひと安心(?)。

 かつてのインタビュー記事で、ある自作曲用にブラスとストリングスの譜面を書いた時に「これだけメロディーにカウンターフレーズをぶつけられるのは作曲者しかいない」という主旨の褒め言葉をアレンジャーにもらった、ということをKAN本人が話していましたが、本作もまさにそれ。歌メロにつかず離れずのストリングスフレーズが絶妙なのは今も昔も変わらないな、と、彼のアレンジ能力の高さを改めて実感した作品になりました。また、KANの詞世界はあくまで一対一のミニマルな状況が基本(「愛は勝つ」は例外中の例外)なので、ストリングスオーケストラを大々的に従えて歌うより、中編成カルテットぐらいの規模で歌ったほうが楽曲にも説得力が増すと思うので、この編成はなかなか良いですね。欲を言えば「東京ライフ」や「Songwriter」など、彼の人生を歌った曲のカルテット版も聴きたかったところ。

 ある程度シングル曲が収録されているとはいえ、選曲が若干マニアックなのでライト層に向けられてはいませんが、コアなファンの筆者としては概ね満足の内容でした。あとはできれば歌入りの新曲を…というのは彼の制作ペースを考えれば高望み…でしょうかね(苦笑)。