smiling3 6月突入当初の一時的な暑さはどこへやら、どうやら本来の梅雨の季節に突入した感のある今日この頃。皆様も体調にはお気をつけてお過ごしください。そんな中、今回ご紹介する久々の「今週の1枚」は、まさに今ぐらいの時期のBGMにピッタリの、槇原敬之のベストアルバム「SMILING III」。1998年5月10日発売。

 所属レコード会社からの移籍を数年おきに繰り返すイメージのある槇原敬之。その為か、レコード会社主導のベストアルバムがかなりの数リリースされているのですが、そんな彼の最初のベスト、一連の「SMILING」シリーズは最初期(1990〜1996年)に所属したワーナーミュージック・ジャパン(通称・第1期ワーナー時代)在籍時に残した音源を対象にしたベストアルバムシリーズ。ソニー移籍を表明した1997年5月にシングル曲+代表曲を収録の「I」、同年9月にアルバム曲を中心とした「II」がリリースされています。この二作は、既存音源のリマスタリング集ということで、スタンダードなベスト盤となっていますが、今回ご紹介の「III」に関しては、「究極のエクストラ・ベスト・アルバム」という煽り文句が付くように、前二作とは性格の異なる作品集となっています。

 本作の収録曲は全部で15曲。その内訳は、未発表英語セルフカバーが2曲、「'98 NEW VERSION」とクレジットされた既存曲のリミックスバージョンが5曲。それらに加え、シングルバージョンアルバム初収録のMAKIHARA名義の英詞シングル「SECRET HEAVEN」「COWBOY」、既存楽曲のリマスタリングが6曲という構成。つまり、今までまったく世に出たことのない、または本作のために新たに制作された楽曲が収録曲の約半分(7曲)を占めているということ。よって、公認・非公認も含めて濫発される彼のベストアルバムの中でも、最もオリジナルアルバムに近いコンピ盤ではないでしょうか。というわけで(?)、以下、本作に収められた全7曲の未発表バージョン楽曲の聴きどころを紹介していきたいと思います。

 まずは未発表英語セルフカバーから。「CLOSE TO YOU」「DANCING IN THE RAIN(原題:RAIN DANCE MUSIC)の2曲は、どちらもデビューアルバムに収録され、西平彰との共同アレンジ名義だった楽曲。これら90年代初頭の作品が、90年代中盤以降の槇原敬之のアレンジセンスでリメイクされ、かなり垢抜けた印象に生まれ変わっています。サウンド的には「PHARMACY」以降、「THE DIGITAL COWBOY」に至る雰囲気を感じられ、さらに英詞で歌われ、レコーディングには槇原本人はもちろん、当時のツアーメンバーの遠藤太郎がギターで、ミックスには槇原の長年来の友人である沢田知久が参加していることから、1995〜1996年あたりに制作されたものの蔵出し音源だと思われますが、確かに未発表にしておくには勿体ないクオリティの高さを感じさせる2曲です。

 続いて「'98 NEW VERSION」の5曲に関してのアレンジの方向性は大きく分けて2種類。前者はボーカルを含むオリジナル音源の楽器の音を一部使いながら、生音のバンドサウンドでカバーした「くもりガラスの夏」「まだ生きてるよ」。リズム隊にオマー・ハキム、ウィル・リーなどの豪華メンバー(SMAPの90年代中盤のアルバムに参加したフュージョン系ミュージシャン)を迎え、ホーンなども生演奏に差し替えられています。元々槇原の曲は打ち込みながらもバンドサウンドを意識した色が濃いのですが、これらが本格的な生演奏になったことでライブ感がグッと増し、打ち込み特有の時代の色(それはそれで良いのですが)を払拭した、スタンダードなサウンドに仕上がっています。

 後者はボーカルのみをそのままに、演奏をアレンジ面まで含めてガラリとお色直しされた3曲。こちらを担当しているのはイギリスのプロデュースチームのようです。「困っちゃうんだよなぁ。」はコードまで変えて原曲の学生ノリっぽい曲から一気にクールな印象に。同じくクールなオケにも関わらず、「80km/hの気持ち」ではデビュー当時の初々しい槇原の歌声をそのまま使用したことで、一生懸命なボーカルと余裕のあるサウンドとのミスマッチが面白いトラックに。「恋はめんどくさい?」はオリジナル作品ではほとんどフィーチャーされない女性ボーカルのフェイクが積極的に入っているなど、それぞれに聴きどころ満載で、純粋に「原曲の変貌っぷり」を楽しむならこちらの3曲でしょう。余談ですが、「困っちゃうんだよなぁ。」「恋はめんどくさい?」はサビの英語の歌詞の一部分を変えている箇所があるのですが、これはちゃんと槇原本人に許可取ったのかな?などと、変なところで心配してしまいます(苦笑)。

 …以上の7曲、そして先に挙げた英詞シングル2曲の他に選ばれたアルバム楽曲は、発売時期を考慮したのか、どことなく「夏」を意識した爽やかでポップな作品がピックアップされ、未発表作品とほぼ交互に配置されています。楽曲的にはミックスもオリジナル盤と同じなので特筆すべき点はないのですが、「DARLING」のような痴話喧嘩も、「雷が鳴る前に」のような告白も、「HOME WORK」のような幸せな時間も、ラスト(15曲目)に「PENGUIN」を配置することで、それまでに収録された曲で主人公が過ぎ去った昔の恋愛の出来事を振り返っているような印象を与え、切なくアルバムが幕引きを迎える構成にはやられました。そこまで考えて楽曲を配置したのかは分かりませんが、聴きようによってはストーリー性のあるオムニバスのような趣も感じられると思います。

 といったわけで、この「SMILING III」はコアなファンほど喜びそうな選曲、構成という点で、他のベスト類の追随を許さない(笑)、エクストラ・ベスト・アルバムと謳うのも伊達ではない作品。まあ「槇原敬之の代表曲」的な楽曲が1曲も入っていない曲目を見る限り、初心者がいきなり手に取ることもないベスト盤でもあるでしょう。この時期の彼の作品を愛聴した筆者としては、マニアックなコンピ盤出してくれて最高だなぁ、と当時思っていましたが(笑)、これから第1期ワーナー時代をイチから知りたいならば、「I」→「II」→各オリジナルと辿った後で最後に本作を聴くという順番が最も順当ではないかと思います。
 梅雨の入り口を迎えた今の時期にジャストフィットな本作ですが、やがて来る真夏の季節に爽やかな気分になりたい時にも重宝される1枚ですね。