keizosteps 「今週の1枚」カテゴリも、いよいよ60回目に向けてリーチです。ここまで来るのに4年3ヶ月かかったのはさておき(笑)、通算59回目も引き続き、J-POP史に足跡を残したアーティストの名盤をご紹介。今回は中西圭三の3rdアルバム「Steps」。1993年3月3日発売。

 中西圭三といえば、かつてブラックビスケッツに「Timing」を、もっと遡るとZOOに「Choo Choo Train」をそれぞれ楽曲提供してミリオンセラーを達成した作曲家、という点で著名ではあると思うのですが、本業はシンガーソングライター。1991年にデビューし、翌年、カメリアダイヤモンドのCMソングとして夜中のテレビで大量オンエアされた「Woman」でブレイク。2ndアルバム「Yell」もヒットして、以降90年代の音楽シーンで活躍、という経歴の持ち主です。後年になると比較的バラードシンガーとしての姿が強いイメージもあるのですが、ブレイク期における彼の音楽的特徴は基本的にブラックミュージック的なアプローチの曲が多く挙げられると思います。路線の近い他のアーティストの名前を挙げるならば、先輩格である久保田利伸の音楽性を、もっと歌謡曲的というか、日本のミュージックシーン向けに特化させた、ポップス寄りの作風といったところでしょうか。例えば前述のアルバム「Yell」は、ギンギンのダンスナンバーが多く、バラードもソウル系でまとめていて、一貫性のある作品ながら、あくまでフロア向けではなく、例えばカーステレオなどでBGMとして聴くのに適したアルバムでした。そういえば、デビュー当時「踊れない人のダンスミュージック」なんていうキャッチコピーが付いたシングルもあったような…(笑)。それほど、耳当たりの良いダンサブルな楽曲が当時は多かったわけです。

 1992年春、「Yell」で一定の評価を得た彼は、その年の夏以降、シングルを立て続けにリリースする戦略をとることになるのですが、ここで切られたシングルは従来の路線とはやや異なり、ダンスミュージックのエッセンスを残しながらもブラスポップに挑戦した「Ticket To Paradise」、ピアノとストリングスで盛り上げるバラード「あの空を忘れない」、一転して親ポップスの「君のいる星」と、音楽性を一気に拡大。そして翌年、再びカメリアダイヤモンドのCMとしてオンエアされたダンスナンバー「You And I」をリリースして、これがまたヒット。以上4枚のシングルを収録した全12曲入りのアルバムが本作「Steps」です。

 筆者は当時、収録シングル曲の予備知識があったので、アルバムの内容もかなりポップな路線が来るのではないか…と予想していたのですが、これが見事に(?)的中。1曲目の「素敵なことは変わらない」から爽やかなポップナンバーが全開で、「Woman」や「You And I」の路線が多く入ったアルバムを期待していたリスナーにとっては意外な内容だったかもしれません。中西圭三のデビューから全面的に作曲、編曲の面で組んできた小西貴雄(今ではすっかりハロプロのアレンジャー陣の一人として有名ですね)とのタッグも脂が乗りまくっていた時期で、ゴスペル風のイントロから気持ちが高まる「Precious Love」や、徹底的なアッパーさが心地良い「みあげてごらん」、翳りを感じさせるミディアム「青い影」など、音域の広さを生かした中西圭三のハイトーンボイスが映えるドラマチックなメロディーラインを核にした、ダンスビートとポップスを上手い具合に融合させた楽曲が満載の1枚です。

 小西貴雄以外のアレンジャーもピンポイントで参加していますが、中でも服部隆之をコンダクターに迎え、壮大なオーケストラの中で歌い上げるラブバラード「手のひら」は白眉。後に「眠れぬ想い」や「次の夢」といった名バラードを生み出した原点がここにあるのかも。この「手のひら」以外の曲は、前作同様リズム隊が打ち込みで、特有の「機械っぽさ」を残した音になっているのですが、それがアルバム全体の音として統一されているのと、中西圭三の「声」のおかげで、カラフルな曲が揃っているものの、散漫な印象は受けません。また、ゲストミュージシャンとして、カシオペアの野呂一生と向谷実、斎藤誠や麗美といった実力派が参加しているのも何気に豪華。特に筆者は斎藤誠のファンでもあるのですが、「夜に火をつけて」では「こんなところで参加しているのか!」という職人的アコギソロを短いながらも聴かせてくれて、この曲を聴く度、その部分になるとニヤニヤしてしまうのです(←おい)。

 また、中西圭三自身が作詞を手がけるのは90年代末以降からなので、本作での作詞は売野雅勇をメインライターに、湯川れい子、川村真澄、佐藤ありす、朝水彼方といったベテランから若手まで幅広い作家陣が担当。どのライターも突出した個性よりも、「中西圭三」のパブリックイメージから逸脱しない範囲での作風でまとめられているのが特徴でしょうか。卒業シーズンを彷彿とさせる「Glory Days」、叙情的な「青い影」が当時から好きな歌詞でしたが、本作のレビューを書くにあたって改めて聴き返したところ、雰囲気重視の「夜に火をつけて」にも当時分からなかった魅力を感じました。まああの頃は筆者は中学生だったし、それだけ年を取った、ということなのでしょうかね(苦笑)。

 4曲のシングルを収めているお得感、ということも手伝ってなのかもしれませんが、本作は彼自身初のオリコンチャート1位を獲得、その後もロングセラーを続け、トップセールスを残したアルバムとなりました。現在では某中古CD屋チェーンで安価で見かけてしまうのが何だか淋しいのですが、多彩なジャンルを収録した本作は、彼の数あるオリジナルアルバムの中でも、特に間口の広いアルバムなのではないかと思います。
 この後は数作を経て小西貴雄とのタッグを解消し、AOR的な方向に向かっていった中西圭三。近年ではNHK「みんなのうた」に楽曲提供を行ったり、「R35」関連の派生イベントライブに出演したりといった活動がメインのようで、新曲リリース等などは控えめの様子。そんな彼の最近の動画を拝見したのですが、かなり横幅が広がってビックリしましたが(汗)ソウルフルな歌声は健在でした。現時点での最新シングル「風雅」も良い曲。今後も地道に活動していってもらいたいものです。