karasimarennai 2011年もあっという間に7月。早くも後半戦に突入してしまいましたが、今月一発目は久々に「今週の1枚」の更新をさせていただきます。新旧年代問わずにアーティストのお薦めアルバムをご紹介していく本カテゴリー。今回ご紹介するのは、辛島美登里の通算8枚目のオリジナルアルバム「恋愛事情〜reasons of love〜」。1996年1月31日発売。

 名刺代わりといえる代表曲「サイレント・イヴ」を始めとして、女性の切なくも細やかな恋愛心理を巧みに描いた詞の世界で、いわゆる妙齢の女性の方々に多くの支持を誇る、現在においても日本の音楽シーンの中でも稀有な存在感を持つ辛島美登里。そんな彼女ですが、自身がプロデュースに参加するようになったファンハウス後期時代(アルバム「Night and Day」あたりから?)から、従来の「辛島美登里像」…淑やかで一歩引いた大人の女性の視点、から逸脱しないまでも、もう少し幅を広げたアプローチを試み始めていたような気がします。1995年に東芝EMIに移籍してからはその傾向が更に加速し、今作「恋愛事情」をリリースする辺りでは「大人しいだけではない辛島美登里」的な、脂が乗り切った(と女性にこの表現を使うのは失礼か?!)作品を発表していて、いわゆる彼女のひとつの到達点を迎えていたのがこの頃ではないでしょうか。ビジュアル面でもこの頃の辛島先生は妙に若々しいアーティスト写真が多いと思います(笑)。

 さて、今回ご紹介の「恋愛事情〜reasons of love〜」は、収録曲10曲すべてが彼女の十八番である「ラブソング」という、タイトル通り、数々の恋愛模様を綴った作品。といっても、全曲のストーリーに繋がりがあるわけではなく、1曲1曲それぞれテーマが異なる、いわゆる「短編オムニバス」。ということで、辛島恋愛ワールドを堪能できるアルバムになっているわけですが、この10作品に出てくる主人公、愛の形はまさに十人十色ということで、様々な恋愛がバリエーション豊かに描かれています。
 順不同に紹介していくと、1曲目の「Friends」。恋人になるきっかけを逃してしまってずっと彼とは友達のまま…というシチュエーションでのいきなり切ない幕開け。続く「プロミス・タワー」は、ある程度付き合っている彼の意外な一面を発見。この曲はアレンジの軽快さも相俟ってハッピーな印象を受けます。逆に、付き合い始めでまだ何も力にはなれないけど、そばにいたい、という想いを綴った「Be with you」みたいな曲もあり、恋愛の成就を心から喜ぶ、心が洗われるような美しいバラード「星に願いを」もしみじみと良い曲。また、前年の夏にリリースされていたヒットシングル「愛すること」も収録されているのですが、この曲は「愛が生まれてそして 息絶えるまで 時間はどのくらい?」と、焦燥感、切迫感を感じさせる「愛」についてのメッセージソングで、同じテーマでも切り口を変えることでここまで印象が違うことに驚かされます。
 一方、終わってしまった恋を悔やむ「悲しみのDestiny」は意外にもアップテンポのロック調ナンバー。本作と同時発売のシングル「くちづけは永遠に終わらない」(珍しく作詞が松井五郎氏=外部委託)ではサンバ調と、辛島先生定番の(?)失恋ソングでも従来とは味つけが違って新鮮。そして、「彼女の雨」は不倫をテーマにした本作中最も重い作品。何かが崩れていくことを感じながらも引き返せない恋に落ちていく、それを分かっていながらも愛さずにはいられない女性の心情、男の筆者にはうすら寒さすら感じます^^;。それだけリアルな歌詞ってことでしょうか…。ラストの「Bouquet」も結婚式が舞台なのに何か意味深だし…。

 …と、まあこう書くと、本作は「私は恋して幸せです」的なラブソングアルバムとは一線を画す作品が多く、聴きづらいヘビーなアルバムなのか?と誤解させてしまいそうですが、実はこの作品、辛島先生のオリジナルアルバムでは実は一番聴きやすいアルバムではないかな?と思っております。彼女のドラマチックなメロディーラインが冴えた曲が多く、また十川知司、大村雅朗両氏の手による完全分業のアレンジメントも音の彩りが豊かで、10曲というコンパクトな収録楽曲数ということもあり、オリジナルアルバム1枚聴き終わるのに適度な分数(約50分ぐらい)でまとめた点もポイントが高いです。
 最後に、本作中盤に収録されたダンサブルなナンバー、「Woman」をご紹介しましょう。働くアラサー女性が主人公で、役者志望の年下の彼と付き合っていて、さすがに若い娘にはかなわないけど、彼女達にはできない気配りや大人の優しさで包み込もう、という母性(?)を感じさせつつも、最後のほうで「それでも守ってほしいのよ」と本音をのぞかすこの曲。後のベストアルバム「EVER GREEN」にも収録されていたので結構人気があるのではないかと思うのですが、さすがにOL層を中心に支持を得ていただけのことはある歌詞だなぁ、と今回レビューを書くにあたって、改めて読み返して納得してしまいました。

 この年、「あなたの愛になりたい」という究極のラブソングを生み出し、こと純愛ソングに関しては円熟期を迎えていた感のある辛島美登里。2000年代に入ってからはリリースペースも緩やかになり、地道に活動をしている印象を受ける彼女ですが、相変わらずの凛とした歌声と繊細な歌詞、メロディアスな楽曲は健在です。「EVER GREEN」「オールタイム・ベスト」といったベストアルバムを聴いて、辛島美登里の楽曲に興味を持った方に、次に聴いていただきたい作品としては、まずこのアルバムをお薦めしたいと思います。