sinonome 新年一発目の「今週の1枚」。第47回目を数えます今回は、KANの通算9枚目となるオリジナルアルバム「東雲」をご紹介。1994年11月26日発売。

 KANといえば、「愛は勝つ」の人、というイメージはおそらく今後もずっと変わらないと思いますが、彼の作品の中で「愛は勝つ」ほどの直球ど真ん中なラブソングは、実はほとんど存在しなかったりします。他の彼の作品にもラブソングは多数ありますが、どこか頼りなくて、恋愛観や駆け引きに悩んで小さなことにくよくよする、という少々情けない男が主人公として描かれる曲(近いものを挙げると90年代の槇原敬之の楽曲のような)のほうがむしろ圧倒的。かくいう私も「愛は勝つ」でKANを知ったものの、こういった「等身大の青年像」みたいなものに魅力を感じてファンになった経緯があったりします。

 さて、「愛は勝つ」が1990年末にブレイク、そして今回ご紹介するアルバム「東雲」のリリースは1994年末。この4年間が、私の人生において一番KANの楽曲を良く聴いていた時期なのですが、「東雲」の前作「弱い男の固い意志」あたりから、どうもKANが描く歌詞に出てくる主人公の年齢が徐々に上がってきたな、という印象を抱いておりまして。
 KAN自身はその頃30代半ば。「言えずのI Love You」(1988年)みたいな初々しいボーイポップ(?)を歌うのは確かに少々厳しい年齢に差しかかっていた時期。少しずつ曲の主人公、そして聴き手の対象年齢が上がっていくのは自然な流れではあるのですが、当時の私は中学〜高校の半ばであり、どうもそんな彼の書く歌詞に共感しづらくなったな、ということで、この作品あたりから以前ほどにアルバムを聴き込まなくなっていったことを憶えています(それでもファンは続けていましたが)。

 …それから十数年経って、このブログを立ち上げ、「今週の1枚」でKANを紹介するとしたら何のアルバムが良いかな、と思い、昔のアルバムを何枚か手に取って聴いてみたところ、リアルタイムで聴いた時とずいぶん印象が違うアルバムだったのがこの「東雲」。当時まだ10代半ばという思春期真っ只中の私では気がつけなかった、今作の渋い魅力を発見したわけです。

 例えば、「今の仕事にプライド持てる限りぼくたちはこのままイーブン」と言い切る恋愛観を語る「結婚しない二人」。主人公が「かなわぬ恋」を続ける「彼女」を客観的に見つめる第三者の視点で描いた「悲しみの役割」。ひと夏だけの刹那の恋を描いた「ホタル」。そして、本心は隠して大人の恋愛を装う「Girlfriend」。明らかに従来までの作品とは精神年齢が違う、こういった濃厚な楽曲を歌われちゃ、そりゃ中高生の共感を得られるわけないです(苦笑)。まあそれが、当時はピンと来なくても、年を重ねて改めて聴きなおして「あ、この曲こういう事言ってたんだ」という感想を持つことができたわけで。まあそれが大人になったんだか単に老けたんだか、自分自身は良く分かっていないのですが^^;。

 また、上記のような曲ばかりではなく、軽快なラブソング「Sunshine of my heart」、タイトルとは裏腹に彼女への想いをブルーズに込めた「牛乳のんでギュー」、後にシングルカットされた壮大なピアノロッカバラード「すべての悲しみにさよならするために」といった楽曲も粒揃い。また、いわゆる望郷系が好みな私にとってツボだったのは「14日に帰るばい♪」で始まるブラスロック「West Home Town」(ちなみにKANの故郷は福岡)、逆に初期ビートルズ風の軽快なサウンドに乗せて、東京の陽の部分を描いた「東京に来い」も好きだし、優しいアコギの音色に癒される「星屑の帰り道」がラストを飾るのも良いです…って、結局全曲挙げてしまいました(笑)。

 結果的にデビュー当時から長らく在籍したポリドール(現ユニバーサル)からの最後のアルバムとなった今作。その後はレーベル移籍、結婚、渡仏を経て、帰国後は自分自身の活動の他にも楽曲提供など、地道ながら様々な活動をしている彼。この「東雲」はポリドール時代の総括…というよりも、前述の歌詞の面や、バラエティに富んだ音楽面からも、次なるステップへの種蒔き、と呼んだほうが相応しいアルバムなのではないかと思います。数年後ミスチルの桜井氏と一緒に「奥さん〜♪」と叫ぶ曲書いてたりするのは今作で蒔いた種が芽を出したということで^^;。
 KAN初心者にはあまりお薦めできないアルバムではありますが(苦笑)、「愛は勝つ」とは違った一面を持つ彼の姿を感じることのできる1枚。個人的に、KANのキャリアの中で一番好きなアルバムを挙げよ、と言われれば、現時点ではこの作品かもしれません。それほど最近ではお気に入りの1枚です。